ダンデライオン_3章_2

それは本当に偶然だった。

今回の不思議な現象の仕掛け人に仕方ないな…と思いつつ、

「イングラテラ…付いてきたらあかんてあれほど言ったやろっ」

と、それでも苦言を呈すスペインの声に、身を隠していた木の影からひょこりと出てきた子ども…イングランドの細い肩を、それは偶然にもかすめたのだった。


「うあああああ~~~!!!!!!」

この世の終わりのような悲鳴をあげたのは、しかし、怪我を負ったイングランドではなく、スペインの方だ。

一気に顔色をなくしてイングランドに駆け寄ると、スペインは動揺し、髪を振り乱し、泣き叫んだ。

「イングラテラ…イングラテラっ!!
はよう、誰か医者を呼んだってっ!!!」

そう言いながらも待つことができず、駆け寄って小さな身体を抱き上げると、医者の方へと疾走する。

「普段…お前が負ってる傷の方がよっぽど酷いだろ。」

と、イングランド本人が呆れて言うように、実際にそれは皮膚を軽くかすっただけの、範囲は若干広くても浅い軽い傷だったのだが、それはスペインにとっては天と地がひっくり返るほどのとてつもない大事件だったらしい。

それ以来、それまでも止められてはいたものの、絶対にイングランドが戦場に付いていく事は固く固く禁じられた。




……などと言う事があって、しかしその後もイングランドはことあるごとに、スペインに同行を打診する。

「だって俺が行かねえとお前無茶ばっかりするし…。」

腕組みをしつつ、はぁ~っと息を吐き出すイングランドに、スペインは

「それだけは堪忍したって!
親分絶対に無茶せんからっ!!ほんま無茶せんからっ!!
イングラテラにまた怪我されたら、今度こそ親分ショックで心臓止まってまうわっ!!!」

と日々泣き出さんばかりに哀願している。

そんなやりとりが日常化しているので、話がある…と言われれば、つい、あかん!と答えてしまうわけなのだ。


しかしそんなことを言いつつ、以前は南の異教徒だけだったのが、最近では北のフランスまでもがイベリア半島に進出を狙ってうろちょろしだしたため、スペインとて余裕がない。

ようやく戦勝が続いてきて、地盤が落ち着きかけているものの、無理無茶をしなければ、また消失の危機に逆戻りしかねない。

「あのな…」
「嫌やっ!」
とりつくしまもなく返ってくる拒否。

「話聞くだけ聞けよっ!!」
「嫌やぁっ!!!」

「…実家(島)に帰るぞ…(ボソ」
堪忍っ!!それだけはやめたってえぇぇ~!!!!!

本気で泣きながら縋りつくスペインに、イングランドは気まずげに

「嘘、嘘に決まってんだろっ!!ちょ、苦しいっ、離せっ!!」
とわたわた暴れるが

嫌や~離れんといてーー!!!!
と、スペインはますますイングランドを抱きしめる腕に力をこめる。

偉そうな言葉を吐いてみたところで、力の差は歴然としている。
イングランドは振りほどけない腕から抜け出すのは諦めて、逆に自分もぎゅ~っとスペインの背に手を回した。

「あのな…お前が消えたら俺だって困るだろ。
お前が俺が戦地に行くのが嫌だって言うなら当分は従っててやるけどさ…口くらいは出させろ」

「くち?」

「…うん。お前確かに強いのかもしれねえけどな、もうちょっと搦め手も使った方がいい。
お前が考えられねえなら俺が考えるからさ…」

「イングラテラが?」

そこでどうやら前線に同行したいという申し入れではないらしいことをしって、スペインは少しホッとしたように、ようやく腕の力を緩めた。

「うん。例えば…今の状況。
北のフランスと南のイスラム、両方がここ狙ってんだったら、何も律儀に両方相手にするこたぁねえ。
上手く双方を騙して誘導して、フランスとイスラムぶつけちまえよ」

にこりと天使の笑顔で、しかし少し黒い発言をするスペインのお宝は、それでもありえないほど可愛らしかった。

「なんなら俺が筋書き書いてやる」


スペインに置いて行かれている間、イングランドもただ無為に過ごしていたわけではなかったらしい。

人を使って…または人ならぬモノを使って色々調べていたらしく、その調べて得た実に綿密なデータに基づいた作戦を提案。

双方をぶつけるだけではなく、戯曲家を装った間者をフランス王宮に潜入させ、異教徒との戦いで犠牲となった貴族の活躍を元に実にリリカルな戯曲を流行らせる。

この方法は、美しさ、優美さを尊ぶフランスを、実に効果的に戦場へと追いやる事に成功した。

こうしてギリギリ双方を戦いに追い立てながらも、各々の軍事拠点には間者を放ち、反乱を煽り、力を徐々に削いだ状態で、フランス側の拠点に対しては独立支援し、イスラム側の拠点は武力で潰した。

そして自軍の軍備が回復した時点で、再度フランスに潰される前に独立した拠点を併合する。


スペインにはない戦闘法。
それを見事やってのけたのはスペインの傍らにいる可愛らしい天使だった。

やがて成長と共に武闘派の宗主国の横に寄り添う軍師の存在は知られていくことになるが、いまはまだ、誰もそれを知ることはない。


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