「あかんっ!」
イングランドがスペインと出会い、イベリア半島北部にあるスペインの現在の本拠地アストゥリアス地方の城に来てからすでに100年あまりの月日が経とうとしていた。
人間では一生分を超える年月ではあるものの、国が滅びない限り、おそらく半永久的に生きる国体からすると、ほんの数年ほどにも見たない感覚だ。
それでも出会った頃は幼児と少年の中間くらいの容姿だったイングランドはすでに完全に少年と言っていいほどには育っていたし、スペインもそろそろ少年期を過ぎ、青年期にさしかかろうと言った容姿になっていた。
城…というにはあまりにも素朴な名ばかりだった建物は、今ではなんとか城のような体裁は整えられていて、そう贅沢でもないが飢えるほどでもない、極々普通の食事が日々出来るようになっていた。
イングランドと出会った頃から、スペインの国民も自国に対する愛着が湧いてきたのか、もしくは日々悲壮な顔で幽鬼のような表情で戦場に向かっていたスペインがこの頃からローマの時代にはよく見せていたような、人好きのする太陽のような笑顔で過ごすことが多くなったからか、自らの祖国に対する態度が一変。
尊いモノとして敬い、感謝を表し、好意を向けてくるようになった。
あるいは…それはその祖国の隣にいつもちんまりと鎮座する、黄金色の髪にペリドットのような綺麗な明るいグリーンの大きな目をした、まるで天使のように可愛らしい子どもの影響であったのかもしれない。
無邪気な様子で祖国の周りをついてまわるその美しい子どもは祖国の大変なお気に入りで、戦場で家族の話をする父親達に混じって、その子どもの愛おしさについて語る祖国に、国民達は随分と親しみを覚えるようになった。
「親分な、あの子にだけは辛い思いさせたないねん。
例え自分が飢えながら野宿して、傷だらけになって戦うて、全身ボロボロになっても、あの子のとこまでは絶対に敵をやらへん。
あの子を安全な温かい場所においてやりたいんや」
そう言う顔には悲壮さはなく、ただ希望に満ちた幸せそうな笑みが浮かんでいて、兵士達も自然に明るい気持ちになっていく。
自分達とて守るべきものがいて、思いは同じなのだ。
自分達とは違う時間帯で生きているらしく年を取るのが非常にゆっくりな祖国と同様に年を取らない子どもを見れば、それが人間ではなく、祖国と同じ国体であるということは容易に想像がついたが、誰も共に戦場におけとは言わない。
自分達が家族を、妻子を守りたいというものと同様の気持ちを祖国もまた持っているのだという事実を尊重していた。
もちろん、可愛らしい子どもに戦場でうろちょろしていられても落ち着かないという事もあったのだが…。
そんな感じでおおむね温かく見守られていた国体達だが、当の子ども自身はそれを潔しとしていなかったらしい。
いつもいつも怪我をして帰ってくるスペインに頬を膨らませて怒りながら、機会を伺っていたようだ。
その時もいつものように異教徒との戦いが続いていた。
国民の先頭に立ってハルバードを振り回すスペイン。
まるで自らを標的にするように赤いマント。
そして…退却するように見えて追撃するスペイン達に一斉に迫る弓矢。
一瞬怯む味方と、それをかばうように身を大きく投げ出すスペイン。
しかしそれはスペインに触れる事なく、小さな竜巻が巻き取って行った。
(…なんやっ?!)
と、内心思いつつも、そこは百戦錬磨の国体。
利用できるものはすべし!というのは心得ている。
「俺らにはこうして神様のご加護があるんやでっ!!
異教徒ごときに絶対に負けへんっ!!
みんな神の期待に応えな、バチがあたるでぇっ!!」
ことさら大きな声でそう言うと、不思議な現象にポカンと止まっていた兵士達が歓声をあげる。
一気に勢いづく味方と、ありえない不思議な出来事に恐れおののく敵軍。
戦況は一気に傾いた。
スペイン側の得体のしれない力をおそれた敵は大層な数の犠牲者を出しながら退却。
あっけないほど容易に大勝を勝ち取って、意気揚々と終わるはずだった戦(いくさ)。
しかし逃げ際に追撃を少しでも緩めようと敵が放った一本の矢が、その戦勝ムードを一気に覚ました。
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