寂しがりライオン、ドーヴァーを渡る
寂しがりライオン ドーヴァーを渡る
大陸じゃ 皆に 嫌われた
海の向こうで出会ったヤツは
天使によく似た姿だった
「あぶなっ!!!逃げっ!!!」
ズシュッと嫌な音をたてて身体を切り裂く剣、突き刺さる矢。
人間なら即死ものだが、幸いというかあいにくというか、たいそう丈夫に出来ている国体は死ぬことはない。
それをわかっているからこそ、自らの肉体を盾に自国の人間をかばう。
死なない…しかし痛覚がないわけではない。
剣に切り裂かれた背が、矢が突き刺さった腕が痛い。
それでも自らの愛すべき子どもとも言うべき国民が一人でも助かって生き延びてくれれば……そんな親のような…兄のような愛情でかばう国体に向けられる国民の視線は、しかし愛すべき家族に向けるようなものではない。
――ああ、ちょうど良い盾があって良かった。
――壊れない盾なのだから、今のうちに逃げよう
というものはまだマシで、下手をすれば
――こんなになっても死なないなんて、なんて気味の悪い…
と、まるで神に背いて死の国から蘇った化け物を見るような目で見てくるものさえいる。
もちろん、そんな体と心の傷で満身創痍な哀れな国体を労ろうというものなど皆無だ。
長く続く戦争は、国土だけではなく人の心も荒ませた。
そんな中で傷の癒えない祖国をまるで追いたてるように、昔縁のあったフランスに援助を取り付けてこいと言う国民の要請に素直にうなづいたのは、おそらく人間に疲れていたせいだ。
国土が回復しない…ということは、死なないが傷も塞がらず、痛みもなくならない。
それでも国に尽くす国体の気持ちなど人間はわかってくれない…。
でも同じ国体なら…?
かつて古(いにしえ)の大国の元、兄弟のように育った国。
南に位置し、異教徒の国の近くであったため、国土の大半を異教徒に占領されて消えかけている自分と、北で豊かな国土のもと、大国として発展している幼なじみ。
その立場の違いに全く惨めさを感じないと言えば嘘になるが、それよりも旧知の相手からの親愛を感じたかった。
援助が欲しいとか、ましてや運命を共にして欲しいなどという大それた気持ちなど、実はない。
ただ、寂しい孤独な心を少し埋めてくれるモノが欲しかった…ただそれだけだったのだ。
なのに……
スペインを出迎えたのは困惑の表情の友人。
綺麗な服を着て少女のように美しい顔で…それは昔と全く変わらないのに、スペインを見る目が変わってしまっているように思えた。
それは彼の愛し愛された国民が優美さを第一としていて、彼らのように光色の髪も真っ白な肌も持たない…まるで忌み嫌う異教徒のような褐色の肌に黒い髪の、血と埃で薄汚れた少年を恐れ、また、戦いを好まない彼らが戦いに巻き込まれたくないと強く願ったために他ならないのだろう。
穏便に帰ってもらえるように…というのが見え見えな、当たり障りのない量の物資の援助を了承すると、
「スペイン…お前まだ戦いの最中なんだろ?
早く国に帰らないとだよね。」
と、作り笑いを浮かべる友人の心は国体仲間よりは国民に近いように思えた。
「せやな…戻らんと…」
休む間もなく痛む身体を引きずって、フランスの城を出る。
物資はフランスが雇ってくれた人足がスペインまで運んでくれるらしい。
おそらく…自国の国民はそれを取り付けたスペインより運んできた人足に労りと感謝を示すのだろうと思えば、心がさらに沈み込んだ。
結局自分は永遠に一人なのだ…
それを再認識すると、もう色々がどうでも良くなった。
痛みに耐えてどんなに尽くしても、愛情を返される事はない。
ではなんのために自分は苦痛しかない生を続けているのだろう…。
ぽつり…と、まだ少年期を抜け切らない…なのに少年らしくない削げた頬を涙が伝った。
寂しい…寂しい…寂しい……。
昔、ローマの元にいる頃は、周りじゅうが愛に溢れていた。
自分も愛情を示したし、周りにも示されて、幸せだった。
誰かのために何かをする…それは愛情を与える行為で、与えた愛情には感謝と信頼という愛情が返ってきたものだ。
今は…どれだけの痛みを伴って与えたとしても、愛情とさえ受け取ってもらえない。
ただ自分の自己満足で…誰も欲してはいないのではないだろうか…。
……しんどい……もう疲れた……しんどいわ……
ふらりと訪れた海岸で打ち上げられたボロボロの小舟。
これに乗れば、あの幸せな時代を守っていた、今は天国にいるのであろう育ての親のところまで運んでくれはしないだろうか…
スペインは疲れた身体でなんとか小舟を海に戻して、引きずるようにそれに乗り込んだ。
あの愛情深い育ての親なら、こんな自分でも温かい手を広げて笑顔で迎えてくれるに違いない。
――おっちゃん…迎えにきたって。
最後にそんな事を思いながら、スペインは静かに目を閉じた。
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