学園祭パニック7

エピローグ


ズキン!と痛む頭。

なんだか色々夢を見ていた気がする。
まるで大事な大事なモノのように優しい手に包まれている夢。

実際は自分は愛想もなくて、兄達には疎まれ、弟のように可愛がっていた従弟には愛想をつかされ、クラスでも遠巻きにされているような、つまらない人間で、そんな風に扱われる事などあるはずないのだが…。

そんな大切にされるなど夢だとわかってしまうくらい自分が好かれない人間だという事をわかってしまっていても夢を見てしまう事が悲しくて、目から自然に零れる涙。

それを何か温かいものがぬぐってくれる。


…堪忍…堪忍な?

夢の続きなのか、まるで自分を心底心配してくれているような気づかわしげな声。

それがまるで遠くに聞こえて、消えてしまうのが怖くて伸ばした手は、温かい手に包まれた。


ぽつん…ぽつん…と頬に落ちてくる温かい液体を不思議に思って重い瞼を開けると、そこには夢の中に出てきたよく日に焼けた人好きのする男の顔。

「アーサー、大丈夫か?痛ないか?親分の事わかるか?」
と矢継ぎ早に振ってくる質問に、アーサーはよく回らない頭で答える。

「大丈夫…だと思う…けど痛い。お前は………アントーニョ?」

ああ、以前ライブのあとに楽屋に来て、手放しにアーサーの演奏を褒めてくれた男だ。
あまり他人から褒められた事なんてなくて、ついつい気恥ずかしくてぶっきらぼうな反応を見せてしまったが、気を悪くするでもなく、優しく接してくれた。

そのせいだろうか…あんな夢を見たのは。

アーサーは女の子になっていて、アントーニョはひたすら優しくて…告白されて…キスする寸前で意識がブラックアウトした。

そんな夢を思い出したら、思わずかぁっと頬が熱くなった。

こんな夢を見ていたなんて目の前の男に知られたら絶対に羞恥で死ねる。

というか、いきなり赤くなって、こいつどうしたんだ?とか思われてるんじゃないだろうか…。

そんなアーサーの心配は杞憂に終わることになる。


赤くなったアーサーを見て、アントーニョの方も負けず劣らず顔を赤くして、少しためらった後にアントーニョはアーサーの顔をのぞき込むようにして聞いてきた。

「アーサー…もしかしてアリスの時の事も覚えとる?」

ええっ?!!

アリス…そうだ、自分はその時アリスという少女だった。
いや?違う!あれは…そうだ、ギルベルトに頼まれて女の格好してたんじゃなかったか?

ああ、全部思い出したっ!あれは夢じゃなかったんだっ!!

そう思うと羞恥で体中が震えた。

嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!

でもあれはアリスだったからの告白で……いや、そのあとに男でも好きだと言わなかったか?!

「…あ、あの……」
「気持ち悪い?…嫌やった?」

アントーニョは少し困ったような笑みを浮かべると、ひたすら動揺するアーサーの頭をゆっくり撫で、髪に指を絡ませ、そして毛先に軽くチュッとリップ音をたてて口付ける。

「好きや…」
と耳元で低い声で囁かれて腰が抜ける。

そこに髪を撫でていた手が後頭部でぴたりと止まった。

「嫌やったら…抵抗したって?
抵抗せんとったら、親分、もう思ってまうよ?アーサーは親分の恋人やって…」

絶対に…抵抗なんて出来ないってわかっていて言ってると思う。

アーサーのモノよりずっと深い底知れぬ緑の目。
その目がす~っと近づいてきて、アーサーは思わずぎゅっと目を瞑った。

とてつもないモノが来るのだろうと覚悟した唇には羽で撫でるような軽い口付け。

一瞬触れて即離れて行くそれに、恐る恐る目を開けると、目の前には困った顔で笑うアントーニョ。

「そんなに怯えんといて?何もこんなとこで襲ったりせんから。
そうやな…それでも抵抗せえへんかったから、お姫さんはもう親分のモンやで?
浮気は許しません。自分が危ない目ぇに合うような事もあかん。
もちろん、親分から離れようなんて事はぜ~~ったいにあかん。
でもそれ以外は何でも許したるよ?我儘やって甘えやってなんだってウェルカムや」

そう言って頭を撫でる手は優しい。
まるで世界を温かく包みこむ陽だまりのようだ。

そしてやっぱり温かな優しい声で

「とりあえずな…今日の所は着替えもないし、これを被って…」
とベンチに置かれたウィッグをアーサーにまたポスンと被せた。

「一緒に健全にデートを楽しむところから始めよか」

と、伸ばされた手に手を置いてしまったところから、スタート地点までひどく紆余曲折を経ることになったこの恋は始まったのである。




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