――痒いところないか~
頭だけ浴槽の縁に持たせかければ、わしゃわしゃと武骨な手が驚くほど柔らかな動きで短い髪の間をすり抜け、地肌をマッサージしていく。
他人に髪を洗ってもらうというのは存外に心地いい。
それを知ったのは本部に転属になってからだ。
いや…正確にはこの男、ギルベルト・バイルシュミットに世話を焼かれ始めてから…というべきか。
頭をマッサージされている間、気持ち良さに少し眠ってしまっていたらしい。
湯が泡を洗い流して行く感覚で目が覚めた。
この男はマメな事に、アーサーの髪と身体を洗って、アーサーが湯船にゆったり浸かっている間に自分を洗い、温まったりリラックスしたりするには若干足りないのではないだろうか…と思われる程度の時間、アーサーと湯に浸かって、しかしアーサーがのぼせるまえにと先にあがって自分の身体を拭いてから、アーサーをあがらせて身体を拭き、髪を乾かす。
あまりに謎、あまりにバカバカしいレベルの献身に
『ポチがいないと生活できなくなりそうだな』
などと口にしたならば、
『早くそうなればいいな』
と、嬉しそうに笑うのだからよくわからない。
その日も風呂からあがると裸の身体にふわりとバスタオルがかけられる。
一緒に過ごしてから毎日続く日常だが、今日は何か違う…。
クン…とアーサーが鼻を鳴らすと、ギルベルトは、
――気づいたか?
と、笑った。
「…ポチの…香水?」
バスタオルから香るのは確かにギルベルトのコロンだ。
「そそ、俺様の匂いが移ればいいなぁと思って。
タマがな…俺様から離れてる時でも、いつでも俺様の事意識してれば良いなと思ってな。
ついでに…虫よけ?
他の奴がタマといても、俺様の匂いでタマが俺様のだって感じれば良いなと」
「マーキングかよ。犬みたいだな」
「…タマの番犬だからな」
そう言われてみればそうか…と、納得してしまう。
ギルベルトがアーサーの髪を丁寧に乾かしていると、温風に乗って自分のコロンの香りがわずかに鼻をくすぐる。
――どこまで伝わってっかなぁ…。妬いてはいねえけど…面白くはねえんだぞ?
わざと独占欲を匂わせるような事をしてみた。
最近、毎昼ロヴィーノと何かしているアーサー。
並みの男なら、疑心暗鬼になってもおかしくない頻度、おかしくないくらいの時間を一緒に過ごしている。
ただ、ギルベルト自身は大きな一族の長の家の棟梁として生まれ、一族をけん引していくように育てられていて、人を見る目だけは確かなので、そのあたりの方面の疑いはもっていなかった。
アーサーがおそらく自分のために何かしようとしてくれているのはなんとなくわかる。
ただ、自分との時間を例え自分のためにやっている事だとしても、ロヴィーノが奪って行くのが面白くないだけだ。
だから…アーサーの変化の後ろにそんな面白くない自分の影を感じて、ロヴィーノも少しくらい居心地の悪い思いを感じれば良い…そんな子どもじみた、そう、まったく子どもじみた気持ちから、ギルベルトはアーサーに自分の香りをまとわせ…そして夜の営みの時にはアーサーからは見えない…だが目立つ場所に赤い華を咲かせていくのである。
「同じ匂いなのに、タマからするとすっげえ良い匂いな気がする…」
金色の髪がほどよく乾いてふわふわになったところでドライヤーを置くと、ギルベルトは、スンと自分のコロンの香りのするその白い首筋に鼻を近づける。
それはそんな甘やかな夜の始まり…
柔らかく心地よい檻で、平和的な拘束を…
明日のアントーニョとの約束はそのやり方に若干反するのだが…まあ自分は付き合いであって、可愛い恋人の命の恩人の依頼を拒めなかっただけだ。
決して…理由の如何を問わず、そろそろ愛しい恋人の時間を自分に返して欲しい…などという無言の圧力などではないのである。
0 件のコメント :
コメントを投稿