幻のデート
いやいやいや…どうすんねん、これ…。
冗談ではなかったらしい。
アリスは頭を打ったショックですべてを忘れてしまったようだ。
女の子を追いかけまわした挙句、怪我をさせて記憶喪失にさせてしまったなんて…シャレにならない。
人生終わったかもしれない……。
「腹減った。なんか食いたい。」
なんだかドッと力が抜けた。
「なんか食いに行こうか…。親分もなんだか疲れたら腹減ってきたわ…」
と、その手を握って校庭の模擬店のあたりまで来る。
「焼きそばでも買うてくるわ。座っといて」
と、途中で買った缶ジュースを手渡して、人混みから少し離れた静かなベンチにアリスを待たせて模擬店へと駆け出していく。
そして自分用には大盛り、アリスには普通盛りを買って帰ると、アリスの目は焼きそばにくぎ付けだ。
キラキラした目で自分に手渡されるのを待っているのが、なんだか可愛らしい。
まあたかだか学祭で学生が作った焼きそばなわけだが、手渡してやると実に嬉しそうに受け取ってとても美味しそうに平らげていく。
身体も細くて食も細そうなのに、よく食べる性質らしく、あっという間に自分のを食べ終わると、少ししょぼんとして、じ~っと悲しそうにアントーニョの箸の動きを追っている。
「…食いかけやけど、良かったら食う?」
と、思わず聞いてみると、
「良いのかっ?!」
とその表情がいっきにぱぁ~っと明るくなるのが可愛らしすぎて悶え転がりそうだ。
結局半分くらい残っていたのを綺麗にぺろりと平らげて、満足げに、ご馳走様っと手を合わせた。
こうして一心地ついた所で、目の前の問題を解決しなければならない。
「とりあえずな、自分はアリス。
今日は友達のフランとギルと一緒に親分とこの学祭に遊びに来とったんや。
で…フランとギルとは途中で分かれて、親分とちょっとばかり鬼ごっこしとったら、図書室で足滑らせて頭打って今に至るわけなんやけど…」
と、思い切り端折った説明をすると、意外に動揺もせず、アリスは聞き返してくる。
「で?お前は俺の何?」
「何って……」
聞かれてアントーニョが口ごもると、アリスはアントーニョの顔を覗きこむように小首を傾げた。
「もしかして…彼氏さん?」
と聞かれてアントーニョは舞い上がった。
よもやアリスの方から言われるとは……。
「違うのか?さっきから色々おごってくれてるし、助けてくれるからそうかと思ったんだけど…」
と自分を見上げてくるアリスに、アントーニョはブンブンと首を横に振る。
「違わへんっ!違わへんよっ!!…まあ…なったばかりやけど…」
うん、一応校内で捕まえたことやし、それでええんよな…と、ブツブツと言い訳をしながらも、彼氏というところはしっかり強調しておく。
その時タイムリーにもなる携帯。
発信元はフランシスだ。
「ちょお待っといてな。送ってく先とか確認するわ」
と、断って、アントーニョは電話に出た。
『アロー?あのさ、アーサーの事なんだけど……』
といきなり始めるフランシスはもちろんいい加減バレていると思っていての確認なのだが、アントーニョにしたら、何故今更その名前を出されるのかわからない。
というか、今はそれどころではないのだ。
「なんで今さらアーサーの話になるねんっ!」
と不機嫌にそれを遮って、自分の側の話を強引に押し進める。
「それよりアリスの事なんやけど…」
『は?アリス?どのアリスちゃん?』
「どのって今日自分が連れてきたアリスやないかっ」
『はあ?何の事?それよりもうアーサー帰ったのね?』
「アーサーになんて会うてへんわっ。それよりアリスのこと…」
『どの子の事言ってるのかわかんないけど、お兄さん今日はどのアリスちゃんとも一緒してません、あ、電話来た。またね』
プツっと電話を切られて舌打ちをするアントーニョをアリスが不安げに見上げている。
「もしかして…俺の事知らないって言われてる?」
記憶がない今、帰る先もわからないままではそれは不安だろう。
「ちょおまってな。ギルちゃんの方に電話入れてみるわ」
と言ってギルベルトに電話をしてみるものの、見事に電源が切られている。
マナーにうるさいギルベルトは公共の乗り物や公共の場所ではしょっちゅう電源を切るために、これはそう珍しい事ではないのだが、それはアリスの不安をさらに煽ったらしい。
「…俺…これからどうすればいい?」
と、縋るような目で見られて、アントーニョの庇護欲がきゅんきゅん刺激された。
「大丈夫や。親分が責任持ったる。
このまま身元がわからんかったら親分ちで一緒に暮らしたらええやん。
今日会ったばかりやって、お姫さんが親分の大事な彼女やってことは変わらんし、親分がちゃんと守ったるから心配せんでええよ」
そっと少し冷えた頬を撫でれば、ホッと緊張の糸が切れたのか、明るい緑色の大きなまるい目からコロンと涙が一粒零れ落ちた。
現実的な事を言えば、自分だってまだ高校生で親の扶養家族の分際で偉そうなことは言えないのだが、それでも親に土下座して出世払いでもなんでも1年だけ扶養者を増やさせてもらって、高校を卒業したら働いたって良い。
他のことなどどうでもいい、この子は何とだって引き換えに出来ないくらい特別なのだ。
長い睫毛を、白い頬を…そして自分の褐色の手を濡らしながらポロポロと泣く少女を見て、アントーニョは思った。
「俺の注意不足で…頭打ってもうて、心細い思いさせて堪忍な?」
と、涙の止まらぬ目尻に口付けると、そのまま涙と一緒に頬へと唇を落とす。
そして赤くなった鼻先にチュッと小さなリップ音をたてて口付けて顔を離すと、少女アリスは涙の止まらぬ目で不思議そうにアントーニョを見上げた。
「ん?」
と、その視線に気づいて首をかしげるアントーニョに、アリスは言う。
「唇には…しないのか?」
クラリと軽く眩暈を覚えるが、かろうじて
「……ええの?」
と平静を装って聞くと、アリスは少し伏し目がちに呟くように言った。
――だって…俺の彼氏…なんだろ?
その瞬間、カァ~ッと頭と顔に血がのぼる。
キスなんて何度したかわからないが、まるで初心な童貞のように真っ赤になっている自信がある。
心臓だってもうありえないくらいドキドキと脈打っている。
ごくり…と唾を飲み込んで、それからアントーニョはアリスの髪に指を絡めると
――そうやんな……
と、顔を近づけ、瞼を閉じたアリスの睫毛が信じられないくらい長いなぁ…などと思いつつ自分も目を閉じた瞬間…ずるりと手の中で何か滑った感触に慌てて目を開けた。
うああぁあああ~~~!!!!
手の中にある取れたウィッグとウィッグが取れたあとに額にお目見えした立派な眉毛を見比べて…次の瞬間、アントーニョは頭を抱えた。
これでホモ疑惑解消…と思ったら全然だった。
というか…結局そういうオチなのかっ。
口付けを待つように目を閉じる目の前のアリス…いや、アーサーは男だとわかっても泣きたくなるほど可愛い。
結局自分は同じ人間に二度恋をしていたのか…と、もうこれは恋じゃない、気の迷いだと思う気力もない。
決定!自分もフランと同種の人間だった…。
がっくりと肩を落とすアントーニョに、いつまでたっても触れる感触がない事を不思議に思ったアーサーがきょとんと眼を開けた。
「どうしたんだ?」
と小首を傾げる様子さえあり得ないくらい可愛い。
というか、ウィッグがなくても眉毛が少々立派すぎる事を除けば今の格好も十分不自然じゃないくらいに可愛いって、ありえんやろ…と泣きたくなる。
自分が悪いんじゃない。アーサーが可愛すぎるのだ。
「うん…親分な…自分の身元めっちゃわかったわ。
自分な、アーサーカークランド言う男子高校生や。」
ガシっと掴んだ肩はやっぱり同性とは思えないほど薄い。
「男子…高校生……」
まるで咀嚼するように口にするアーサー。
次の瞬間、やっぱりコクンと小首を傾げて言った言葉は
「…ってことは…男子高校生の俺の恋人って事は……お前ホモなのか?」
ガツン!とアントーニョはベンチの背もたれに頭をぶつけた。
そしてフランシスの姿を思い浮かべてみる…想像してみる…いやいや気持ち悪いっ!
ゾワっと本当に鳥肌が立った。
次にチラリと不思議そうな顔で自分を見下ろすアーサーを見つめた。
まんまるい目にぽかんと小さく開いた淡いピンク色の唇。
実においしそうだ。
ああ…せめてキスしてから気づけば良かった…あかん色っぽい、可愛すぎるっ!!
そして結論。
「親分な、ホモちゃうわ。フランとかギルちゃんで想像したらめっちゃ気持ち悪い。
単にアーサーの事が好きやねん。」
開き直った。
「ということでな、アーサーが男やろうと女やろうと誰やろうとかまへん。
親分の恋人に………うあっ!!!」
仕切り直しとばかりにその両肩に手を置いて身を乗り出した瞬間…なんともタイミング悪く飛んできたボール。
それを避けさせようと思わず身体を傾けさせたら今度はベンチの背もたれに激突する頭。
ガツンっ!とめちゃくちゃ良い音がして、アーサーは再びガックリと意識を失った。
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