ハプニングっ!
自分を捕まえられたらつきあってもいい…そんな条件を持ち出してくる少女。
随分と足の速さに自信があるのだろう。
ニコリと浮かべる勝気そうな微笑みが愛らしい。
細くて弱々しく見えて勝気な部分もあって…と、そのギャップがアントーニョの心をさらに強く捕らえた。
どこまでも追いかけて捕まえて抱き込んでしまいたい。
攻めるのも追いかけるのも大好きなアントーニョはその申し出を機嫌よく受け入れる。
もちろんどんな手を使っても逃しはしない。勝つ前提だ。
普段は直球勝負だが、搦め手を使う頭がないわけではない。
アントーニョはすばやく考えを巡らせる。
確実に勝つには…使えるものは全て使おうっ。
「レディ~GO!!」
の掛け声でスカートを翻して走り出していく少女。
それを見送りつつ10秒数えて追うアントーニョ。
もちろん10秒は大きい。
アントーニョが屋上から出て階段にたどり着いた時にはもう少女の姿はない。
しかし焦る事なく、アントーニョは3Fで自分のクラスに駈け込んで言った。
「すまんっ!!ちょお男ども手ぇ貸したってっ!!親分の一生がかかってんねんっ!!」
こういう時普段愛想よく色々手伝ったりしていて出来た人望が物を言う。
なんだ、なんだと集まってくる男子。
女子は、いいよ、少しなら行ってきなよ、と、戸惑っているあたりの男子生徒の背中も押してくれる。
「皆おおきにっ!隣の部屋集合したってっ!」
と、誘導。
そこには昨日運び込んだ大繩。
アントーニョは男達にその端を持っていてくれるように指示すると、窓を開け、縄の片方を窓の外へと放り投げた。
「じゃ、親分が下についたら縄ひきあげて戻ってもうて構わんから。悪いな」
と、説明する時間も惜しく、みんながしっかり縄を持ったのを確認すると、ためらうことなく窓から縄を伝って一気に滑り下りていく。
まあ明日あたり教師から大目玉を食らうだろうが、背に腹は代えられない。
反省文くらいは諦めて書こう。
こうして3Fから校庭まで一気に下りて、正面玄関で待ち伏せると、愛しのお姫様は息を切らして走ってくる。
なるほど、女の子にしてはかなり足が速い。
ショートカットをしても時間ぎりぎりだった。
しかし勝つのは自分だ。
「親分の勝ちやね♪さ、お手をどうぞ?お姫さん」
と、彼女に向かって手を差し出してみれば、なんとまだ諦めないらしい。
「まだ捕まっちゃいねえっ!!」
と、再度校内へと駆け出して行った。
「手ごわいやんな。でも負けへんでっ!!」
と、そこでアントーニョも追いかけていく。
ここまでやって諦めるなんて選択肢はあるはずはないのだ。
速い…アントーニョのお姫様はシャレにならないくらい足が速かった。
サッカー部のレギュラーで足の速さにもスタミナにも定評のあるアントーニョが、差は開く事はないものの、全く追いつけない。
もちろんそれで気持ちが萎える事はないのだが…。
むしろ余計に燃える。
追いかける獲物は手強ければ手強いほど手に入れ甲斐があるというものだ。
本当に延々と続くかと思われた追いかけっこはどうやら終焉を迎えそうだ。
アントーニョと違って校内に詳しくないお姫様はどうやら袋小路に逃げ込んだようだ。
まがった廊下の先には階段はなく、視聴覚室と図書室があるのみである。
そして逃げ込んだ先は鍵が開いていた図書室。
もちろんアントーニョも追って中に入る。
カーテンが閉められていて薄暗い室内。
数多くならぶ本棚の一つに持たれて少女アリスはゼイゼイと苦しそうに息を吐き出していた。
そりゃあ苦しいだろう。
日々部活に勤しんで体力のあるアントーニョですら苦しいのだ。
ああ…可哀想な事をしているな…と思うものの、それでもアントーニョ的にはここで引けないのだ。
「なあ…しんどいやろ?そろそろ終わりにしたって?
苦しい思いさせたいわけやないねん」
そろりと近づいて本棚越しにそう声をかければ、どうやらアントーニョに気づいていなかったらしいアリスは小さな悲鳴をあげて、また逃げ出そうとして、足をもつれさせたらしい。
そのまま転んで本棚に激突。
衝撃で中の本がバサバサと落ちた音がして、アントーニョは慌てて本棚の裏側、アリスのいるあたりに回り込んだ。
「お姫さんっ?!大丈夫かっ?!!!」
即本に埋もれたアリスを救出。
気を失っている彼女をとりあえず揺すって起こすと、…ん…という小さな声と共にアリスはゆっくりと目を開けるが、まだ意識がはっきりしていないのかボ~っとしている。
「ごめんな。こんな風に追い詰める気やなかってん。
頭痛いか?気持ち悪かったりせえへん?」
アリスを抱き起したままオロオロと聞くアントーニョにアリスはきょとんとした視線を向ける。
そして言う。
「お前…誰だ?」
へ?と思うが、まあ疲れすぎて忘れられてしまったのだろうか…そんなこともあるのかも…と、
「アントーニョやで?忘れてもうたん?」
と言うと、アリスは、ん、と、うなづいて、次に衝撃的な言葉を吐く。
「…で?…俺…誰だっけ?」
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