鬼ごっこ
一体何がどうなってる??
確か女装してギルベルトの彼女だと言って、そうしたらもうお役御免でフランシスにファミレスで思い切りおごらせるはずだった。
なのに、何故自分は男に抱きかかえられたまま屋上なんかにいるんだろう??
そして自分の上着を脱ぐと床に敷き、
「座ったって?」
と、アーサーに座を勧める。
まあ悪くても事の真相を問い詰められるくらいだろうし、それならそれでばらしたところでギルベルトの自業自得というか、仕方ない事だよな…と、アーサーは大人しく敷かれた上着の上に座った。
居心地悪く立ったままのアントーニョを見上げると、目があった瞬間ニコッと人好きのする笑みを浮かべて、アントーニョも座る。
「いきなりびっくりさせて堪忍な。
さっきも言うたけど、俺、アントーニョ言うんや。
アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド。
ここの学校の2年生や。
怪しいモンやないで?ギルちゃんやフランとは小学校から中学校まで同級やってん」
ああ、それは前回会った時に聞いたけど…と思いつつ、でも他人様の話を遮るのは紳士のする事ではないよな…と、黙って聞いていたのがまずは間違いの元だった。
「でな、別に責めてるわけやなくて、確認したいんや。
今回自分がギルちゃんの彼女って言うてきたんは嘘やんな?
ギルちゃんもう随分長い事エリザちゃんに片思いしとるって言うんは有名な話やし。
それにさっきの様子やと自分、ギルちゃんよりフランと親しそうやったやん?
フランにギルちゃんに協力したってって頼まれたんやろ?」
とやはり来るかと思ってた質問がきて、アーサーは一瞬言っていいものか迷うが、そのアーサーの沈黙の意味を読み取ってアントーニョは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。別にそれで勝負蒸し返そうとか思っとるわけやないんや。
勝負は俺の負けで全然かまへんねん。ただ知りたいだけや。
お姫さん、フランに頼まれてギルちゃんの彼女って言うてたんやんな?」
お姫さんという呼び方は気になるが、人間関係的には事実だ。
アーサーが素直にうなづくと、アントーニョは少しほっとしたような表情を見せた。
そんなにギルベルトに彼女がいないのが嬉しいのか?と、アーサーは不思議に思う。
適度に筋肉のついた健康的に焼けた褐色の体躯に、人好きのする端正で、でも甘いマスク。
笑うと人懐っこさ全開で、随分モテそうに見えるのだが、違うのだろうか?
いや、こいつ絶対にモテる。
前に楽屋に来た時も女の子達が熱い視線を送っていたし、アーサーを座らせるのに服が汚れるからと自分の上着を床に敷いたりとか、フランと同じく気障な事を当たり前にやってみせるあたり、絶対に女慣れしてる。
ようは…追及しないだけで優越感に浸りたいとか、そういうことか?
そんなアーサーの素朴な疑問は、
「せやったら、親分、お姫さんにお願いがあるんやけど…」
と、また少し笑みを控えた真剣な表情で切り出したアントーニョの言葉で明らかになる。
「…俺に出来る事だったら?」
と、すっかりすべてがバレたつもりで、少々の罪悪感からそう答えると、少し不安げだった表情が消え、アントーニョの顔にパァ~っと明るい笑みが浮かんだ。
ああ…お日様みたいだ…とぼんやり思っていると、突然両手をアントーニョの両手で包まれる。
「ほんま?!良かった~。嬉しいわ」
とはしゃぐアントーニョを前に、まだ何をか聞いてないが、多少の事だったら仕方ないかという気分になって、
「えと…それで何を?」
と、聞いて返ってきた答えにアーサーは固まった。
「何をって、さっき言った通りやで?
ギルちゃんの彼女ってのは嘘やってわかったとこで、正式に親分と付き合ったって下さいっ」
………
………
……へ?
うああ~~~!!!ウソだろっ?!
何故そういう方向に流れるんだっ!!
「お、おまっ…いきなり何言ってるんだっ!!」
焦ってぷるぷると顔を横に振るアーサーにアントーニョはあっけらかんと
「いきなりでもしゃあないやん。一目惚れっちゅう奴や」
と言い放つ。
「む、無理っ!無理だっ!!」
「なんで?」
「だ、だって…ほら、俺ギルの彼女だし?」
「たった今嘘やって言うたやん」
「こんな賭けしたってことは、お前だって彼女いるんだろっ?!」
「おらへんよ?」
あ…そうだったのか、と、少し意外に思いつつも、まあいいか…とネタばらしをしようとアーサーがウィッグに手をかけたところで、
「向こうのホンマのとこ聞いてもうたし、親分もホンマの事言うわ。
あのな、親分な、好きな子おったんや」
と、始めるアントーニョの真剣な声音に、思わず手が止まる。
思えばここで手を止めてしまったのがまたアーサーの敗因だった。
「ギルちゃん達のバンドのギターやっとる子ぉでな、舞台の上やとめっちゃ楽しそうに嬉しそうに演奏するのにまず惹かれて、そのあと楽屋で演奏褒めたったら真っ赤になって照れる様子がまたトマトみたいでめっちゃ可愛かってん」
う…それは…もしかして、俺かぁ?!!!
羞恥でのたうち回りたい気分を必死に押し隠して、アーサーはワンピースの端を握りしめて根性で耐える。
「でもな、その子男の子なんや。
親分これまで特に同性とかにそういう意味で興味持った事ないし、付き合う子ぉ皆女の子やったし、これ気の迷いやと思うんやけど、困った事にそれ以来、他の女の子達見とっても全部同じ顔にしか思えんくなってもうた。
今まで可愛えって思ってた子ぉ達でもダメやねん。
あの顔しか可愛く思えんくなって、ずぅっと悩んで、そんな時ひょんな事からギルちゃんと賭けする事になって…1週間で彼女作るって目標出来たら、作る気になるんやないかって思ってんけどな。ダメやった。
自分で区別つかんなら周りが可愛えって言う子と付き合うたらええって思うて3人ほどピックアップしてんやけどな、口説き文句の一つも出てけえへんし、向こうが焦れて付き合いたいんやったら付き合うてもええって言うてくれたのも断ってしもた。
どうしても他と付き合う気ぃせえへんのや。
で、まあもう賭け負けてもええかって事で今日ギルちゃん達と待ち合わせてお姫さん見た瞬間、これやって思うたんや。
ようやっと可愛えって思える子がみつかったんや。
ギルちゃんには悪いけど、もしホンマにギルちゃんの彼女やったとしても奪う気ぃになってもうた。
もちろん、親分普段はそんなことせえへんで?
悪友言うとるけど、付き合い長い友達やし、他の女の子やったら逆に自分の彼女でも譲ったってもええ程度には大事に思うとるよ?
でもお姫さんだけはダメやった。
これ逃したら親分、もう二度と女の子と恋愛できん気ぃがするんや。
な、めっちゃ大事にするっ。
浮気や心変わりはできひんし、せえへん。
大事に大事に…ほんまに大事にするから親分とつきあったって?」
…どうしよう……
アーサーは途方に暮れた。
男も女もOKなフランとほぼ生まれたくらいから幼馴染をやっているので、同性愛に偏見とかはないが、自分が…と思った事はない。
自分のどこがこんなイケメンをそこまで惑わしたのか、本当にわからない。
が、一つわかるのは、ここまで聞いておいて、実は自分が男だなんてカミングアウトは絶対に出来ないという事だ。
ここは上手くかわすしかない…。
でもどうやって?
アーサー自身はフランよりはギルベルトよりの人間で…恋愛経験などないに等しい。
こんな時のかわし方なんてわかるわけもない。
沈黙を迷いととらえたのか、そうやって悩んでいる間もアントーニョは
「もしかして会ってすぐやから、軽い気持ちで言うとると思うとる?
そんなことないで?
どうしたら信じてくれる?信じてもらえるんやったら親分なんでもやるよ?」
と、迫ってくる。
なんでも?なんでもなら今すぐここから退出させてくれっ!と声を大にして言いたい。
もう何でもいい、逃げたい。幸い足の速さも学年トップクラスだ。
もういっそのこと逃げてしまおうか……
そんな考えが頭をよぎった瞬間、良い考えを思いついた。
「……えられたら……」
「へ?」
「逃げる俺を捕まえられたら考えても良い…」
そうだ、逃げてしまえっ!
そう思ったら口からスルスルと言葉が出てくる。
「これから俺が出口に向かって走り出す。
お前は10秒待って俺を追いかけて、俺が校門から出るまでに俺を捕まえられたらお前の勝ち。お前の好きにするといい。
でも俺が校門を出たら俺の勝ちということで、この話はなかったことに」
アーサーがそう提案すると、アントーニョは一瞬目を丸くして、次の瞬間ニヤリと笑う。
自信に満ちた笑みだ。その様子は正直に言えば同性から見てもカッコいい。
「ええで?親分が捕まえたら付き合ったってな?
絶対に捕まえたるっ!追いかけるのは得意なんや。
で?その前に名前だけ教えたって?」
ああ…たぶん並みの女の子ならその条件なら捕まってしまうのだろう。
だが残念。自分は男だ。しかもかなり足が速い。
アーサーはすっかり勝った気分で、もうこの格好で顔を合わすことはないであろう気楽さから適当に思いついた名前を口にする。
「アリス…。不思議の国のアリスのアリスだ。
さあ、勝負だ、アントーニョ。
レディ~GO!!」
叫んでアーサーは走り出す。
翻るスカート。
靴は幸いローファーだ。
屋上を出て階段を駆け下りると、途端に人混みが逃走の邪魔をするが、条件はアントーニョも同じはずだ。
10秒の差は大きい。
4階、3階、2階、1階と駆けていく中で特に後ろに人が迫る気配はしない。
…楽勝だったな♪
と、アーサーは見えてきた正面玄関を前にほくそ笑む。
…が、次の瞬間、目の前に見えた影に、その笑みは凍り付いた。
何故っ?!何故あとに走り出したはずのアントーニョがすでにそこにいるっ?!!
「親分の勝ちやね♪さ、お手をどうぞ?お姫さん」
悔しいほどカッコいい余裕の笑みで手を差し出してくるアントーニョとの距離はおよそ3m。
「まだ捕まっちゃいねえっ!!」
アーサーは叫んでクルリと踵を返して校舎内へと駆け戻った。
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