「ふ~ん…とりあえず…わざとじゃないわけね」
しっかりとアントーニョが抱えて帰った天使ちゃんこと少年アーサーに、フランシスはとりあえず事情を聞いてみる。
どうやらアーサーは家族と折り合いが悪く、実家にいられなくなって子どもの頃から街をさすらって一人で生きてきたらしい。
そして数年前、暖を取るために立ち寄った図書館でヘタリア座の設計図と水路の地図を見つけて住み着いたとのことだ。
「掃除してくれてたわけね?なるほど、だから水滴や雑巾が落ちてきたと。
で?ぬいぐるみや黒い物質や花は?」
とさらにフランシスが聞くとアーサーは赤くなって俯いた。
「……ント」
「ん?」
「差し入れやプレゼントだよっ!ばかあっ!!!」
涙目で真っ赤な顔をするのは可愛い。
「そうやったんや~。気づかんで堪忍な~~!!」
と、ぎゅむぎゅむ抱きしめられてワタワタと暴れる。
「ちょ、トーニョっ!!力ゆるめてっ!!天使ちゃん窒息するっ!!!」
最初赤かった顔がしだいに青くなってきたのに気づいてフランシスが焦って言うと、アントーニョは慌てて腕の力をゆるめた。
「大丈夫かっ?!堪忍なっ!!!」
と、ハタハタと手で風を送ると、次第に血の気が戻る顔。
「でも…なんでそこまで色々してくれたん?」
と、顔をのぞき込んだ勢いでアントーニョが言うと、アーサーはまた真っ赤になって、でも観念したようにギュッとこぶしを握りしめて言った。
「…クリスマス……」
「ん?」
「8年前のクリスマス、孤児院やってた教会で食事配ってたから行ったんだ。」
「あ~そういうのやっとったな。」
「その時お前がクリスマスプレゼントにってクマくれたんだよ。
それが俺にとっては初めてのクリスマスの贈り物だった。
あとにも先にも唯一のクリスマスプレゼントだったんだ。
で、神父様に教わったんだって話してくれた。
クリスマスはプレゼントをもらう日じゃない。普段恵まれてる自分がその日だけは何かを我慢して、恵まれてない隣人のために贈り物をする日なんだって」
「あ~、お前そういうのすぐ実行してすぐ忘れるやつだよね」
と、小さく笑うフランシスの後頭部を思い切りどついて黙らせたあと、アントーニョはアーサーに言った。
「だから…毎年自分の暖取るモンもないのに、親分のために色々編んで置いてってくれたん?」
と、その言葉に返答はないが、さらに赤くなった顔がそれを肯定していた。
「そっか。あれなぁ、親分金無うて服買えへんかったから、あの頃の唯一の防寒具やったんや。暖かかったなぁ…。
トマトもな、全部全部嬉しかってん。
欲しいなぁって思うもの、全部自分がくれとったんやな。
なあ、これで最後。ほんま最後のお願い聞いてくれへん?
親分、昔からめっちゃ欲しいモンあんねん」
「…最後…の……」
さっきは自分でもそのつもりでお別れに行ったのに、アントーニョの方から言われると、その響きになんだか泣きたい気分がこみ上げる。
それでも…その願いを叶えないという選択肢はない。
あの日…初めてもらったプレゼントは物というだけでなく、自分が贈り物をしても良いような存在、生きていても良いような存在であると実感させてくれた。
だからあの日からアントーニョは自分にとっては神様と一緒だ。
例えそれが二度と目の前に姿を見せるなという願いであっても、命を寄越せというようなものであっても、その願いを断るなんてありえない。
「…ああ…最後だ。何でも言えよ。俺に出来る限りの事なら何でも叶えるから…」
こみあげる嗚咽をこらえて言うと、アントーニョはぱぁっと明るい表情になる。
「ほんまやね?」
「…ああ……」
頷くアーサーに、アントーニョはハ~っと胸をなでおろして言った。
「あ~良かったわ~。親分もな、さすがに手錠とかは痛々しくて嫌やしな。
部屋の鍵を外からしか開かんようにして、窓に鉄格子付けるのが一番現実的かなぁとか、色々考えてもうたわ」
……えっ???
何か…とんでもない言葉を聞いた気がする。
チラリと同席しているフランシスに視線を向けると、彼は青ざめた顔でご愁傷様というような視線をアーサーに向けた。
え?ええっ??
「じゃ、決まりやな。これからず~っと親分の側におってな?
おはようからおやすみまで親分だけを見て親分のことだけ考えて暮らしてな?
もう一生離さへんで」
「あ、あの……」
「もちろん、取り消しは聞かへんから」
にっこりと良い笑顔で言われて、アーサーは茫然自失だ。
「じゃ、”二人の部屋に”帰ろうか~」
と、そんなアーサーの様子にも構わず、アントーニョはポンとアーサーの手にくまのぬいぐるみをもたせると、ひょいっとその細い体を横抱きに抱き上げる。
バタン!と閉まるドア。
『ちょ、待ってっ!!』
『待たへんよ~っ』
廊下に響くそんなやりとりを聞きながら、
「むしろ…トーニョの方が【ヘタリア座の怪人】だよねぇ……」
とフランシスは大きく息を吐き出す。
その後…アントーニョの部屋からは夜な夜な細い啜り泣きが聞こえてくることから、【ヘタリア座の開かずの間】として恐れられ、近づく者もごくごく一部になるわけだが、一部始終を見てきた身としては、それが悲哀から来るものではないことは想像がつくわけで……。
日中はたいてい幸せそうな笑い声が聞こえてくるので、まあよしとしよう…と、割りきって、【ヘタリア座の天使と怪人】を秘かに見守ることにしたフランシスなのであった。
0 件のコメント :
コメントを投稿