「天使ちゃん?
ああ、自分が【ヘタリア座の怪人】なんて失礼な事言う取った相手やで。」
カンテラ1つ持った状態ですでに水路の奥深く、もう戻ろうにも一人では道がわからなくなってからそう言われて、フランシスは自らの迂闊さをひたすら嘆いた。
あちこちに道が分かれている中、アントーニョは1つの道を迷わず進んでいく。
この辺りの勘の良さというか、思い切りの良さというか、そういうものは自分にはないものだと、フランシスは感心するが、とにかく怖い。
そっとアントーニョの腕を取ろうとしても
「うっとい、キモい、触らんといてっ!」
と、どうやら機嫌の悪いアントーニョはにべもなく振り払う。
ここで置いて行かれても困るので、フランシスは仕方なく、アントーニョの斜め後ろからそっとついていくことにした。
こうして階段を降りきって水路に到着。
右に左にと微塵も迷うことなく進むアントーニョに必死についていくフランシス。
「ここや…」
と、少し明るい場所に出た途端走り出していくアントーニョを慌てて追った。
廃材や何かでついたてをしただけの小さなエリア。
床に直接敷かれた布団に、板を積み上げただけの机とそこに置かれた小さなコップ。
唯一家具らしいのはボロボロの小さな本棚で、そこにはアントーニョの載っている街中に張ってあったチラシやどうやってか手に入れたらしい劇のプログラムがギュウギュウにつまっていた。
中には本当にコーラス時代の豆粒ほどの写真しかないものも全て取り揃えてある。
「ほとんど家具もない状態なのに、このコレクションはすごいね…。
よっぽど熱心なお前のファンだったんだね…」
と、フランシスは声をかけ、そこで一点を凝視するアントーニョに気づいた。
その視線の先を追うと、粗末な籠の中に毛糸の玉と編みかけのベージュの手袋。
「今年は…手袋やったんやな。」
と、涙声のアントーニョに首をかしげてみせると、アントーニョは籠の前にしゃがみこんで編みかけの手袋を手に引っ掛けながら微笑んだ。
「毎年な~クリスマスになると天使ちゃんがプレゼントに編んでくれとったんや。
下働きで貧乏な頃は、これが唯一の防寒具やったなぁ」
グスっと鼻をすするアントーニョに、
「もしかして、お前、【ヘタリア座の怪人】の正体とか知ってたの?」
と問えば、アントーニョは小さく首を横に振った。
「なんやわからんけど…天使ちゃん、ここ出てこうとしとるみたいでな~。
今日餞別置きにきたのを見て、初めて知ったんや。
なんでやろ~。親分の事好きなんやったら、会いに来てくれてもええやん?
なんで出ていこうとか急に思うねん。
そんなんやったら、もういっその事、親分の方が攫ったろ思うて、ここに来てんけど…」
「うん…お前の言うことよくわかんないけど…そういう事ならもうここには戻って来ないんじゃない?」
「ああ、なんやいっつも抱えとるらしいクマちゃん落として行ったさかい、探しとると思うし、それ見つかるまではおるんちゃうかな~って……ああっ!!!!!」
いきなり大声をあげて後方を指差すアントーニョにフランシスも驚いて振り向くと、細っこい少年がびっくり眼で立っている。
アントーニョが立ち上がると少年はビクッ!とすくみあがって逃げ出そうと反転した。
「待ったっ!!クマちゃん、ここやでっ!!!!」
と、それに慌ててアントーニョが手にしたクマのぬいぐるみを掲げると、少年がピタリと止まって振り向いた。
綺麗な綺麗なペリドットのような瞳。
落ち着いた金色の髪に真っ白な肌。
サイズがあっていない大きめの白いシャツはまるでワンピースのようで、なるほど天使と言われれば天使にも見える。
少年は意を決したようにこちらに向かって駆け出してきて、アントーニョも喜色満面で両手を広げて少年に走り寄るが、手が届く位置にくると、少年は華麗なサイドステップでかわして一路フランシスの元へ。
そして、グイッと長い髪を掴んで引き寄せた。
「トーニョを返せっ」
フランシスの喉元にナイフを突きつけながら短く言い放つ。
「トーニョって…この子?」
と、アントーニョが手の中のぬいぐるみを掲げると、少年は一瞬赤くなってぎゅっと目を瞑り、それから叫ぶ。
「返せよっ!お前はもう全てを手に入れたんだからいいだろっ!
返さなきゃこいつを刺すぞっ!」
「ええよ?」
「へっ?ちょっ!!!」
当たり前に言うアントーニョにフランシスは青くなる。
「おまっ!それないでしょっ!!どう考えてもぬいぐるみよりお兄さんの命でしょっ!!」
「やって…自分おっても天使ちゃん捕まえられへんけど、このぬいぐるみおったら天使ちゃん捕まえられるかもしれんやん?」
何を当たり前の事を?とでも言うようにそう言い放つアントーニョに、そうだ、こいつは昔からこういう奴だった…と、がっくりと肩を落とすフランシス。
「ちょ、あ、あの…元気だせよ?
本気じゃねえよ、普通恋人とぬいぐるみだったら、どう考えても恋人だからな?」
と、後ろで天使がワタワタと慌てる。
ナイフ突きつけてる犯人の方が優しいって何?と、フランシスは思わず叫ぶ。
「トーニョ、お前ねっ!脅してる本人よりひどいってどうかと思うよ?
もっとお兄さんを愛そうよっ!!」
そう言った瞬間に前方からナイフが飛んできて、フランシスは慌てて避けた。
「気持ち悪い事言わんといてな…」
と、何故か何かが逆鱗に触れたのか、突然殺気をびしばし放つアントーニョに、青くなる二人。
「あ、あのっ!!俺は別にお前に迷惑かけようとかじゃなくてっ!!
ただそいつを返して欲しいだけでっ…。
返してくれたら、俺だってこいつ返して大人しくここ出てくつもりだしっ!!!」
ぶんぶんと頭を横にふる天使。
「そ、そう言ってるんだから、早くそれ返して帰ろうっ!!ね???」
とそれにぶんぶんと頭を縦に振るフランシス。
「…出て行く…?そんなん許さへんよ?
そもそも…誰が恋人やて?親分そんな趣味悪うないわ。
そんなん思われるんやったら、そのアホ殺しとこか…」
「否定してっ!!ね、天使ちゃん、お兄さん恋人じゃないっ!
違うからっ!!そんな風に思ってないよね?否定してえぇぇ~~~!!!!」
必死なフランシスの叫びに、ぶんぶんと勢い良く首を縦に振る少年。
それを見て、急にニコッと機嫌よく第二段のナイフを構えていたアントーニョはそれをしまった。
ホ~っと思い切り安堵の息を吐き出すフランシスと少年。
「せやったらええわ。気持ち悪い冗談はほんま勘弁やで?
とりあえず…フランは刺したかったら刺してもええけど、天使ちゃんはこっち。
親分の部屋に一緒に帰ろうな~」
と、硬直している間にいつのまにか距離を詰めていたアントーニョは足で前に立つフランシスを蹴り飛ばすと、少年をぎゅうっと抱きしめた。
「ようやっと捕まえたわ~。
これからは【ヘタリア座の天使ちゃん】やなくて【親分の天使ちゃん】やで~」
と、満足気に言う声に、少年、アーサーはあっさりと気を失った。
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