カタリとかすかに開くバルコニーの窓。
そっと室内に滑りこむ白い影。
片手に鉢植え、片手にクマのぬいぐるみ。
月明かりに光るペリドット。
…ペリドットっ?!!
コトッとテーブルに鉢植えが置かれた瞬間、アントーニョはガバっと起き上がった。
零れ落ちそうに大きなまんまるの……
手からこぼれ落ちたクマのぬいぐるみを拾おうとかがんだ瞬間アントーニョがその手を捕らえようと一歩踏み出すと、弾かれたように反転して逃げ出した。
「待ってっ!待ったってっ!!!」
声の限り叫んで追いかけるも、ものすごい速さで駆け出していく。
必死に追うアントーニョだが、天使が駆け込んだ地下水路への入り口に飛び込んで、幾通りもにも分かれた道でその姿を見失い、一旦は戻る事にした。
ここは…がむしゃらに追うよりもとりあえず情報だ。
バルコニーから自室に戻り、アントーニョはクマを拾う。
ボロボロの…ティディベア。
赤い毛糸のセーターと白い靴下、グリーンのマフラーを身につけている。
天使ちゃん…寒そうな格好しとったやんな…。
自分はこの冬の最中にシャツと薄手のカーディガン、それにボロボロのズボンなんて格好なのに、ぬいぐるみばかり温かそうな毛糸の衣服を着せている。
よう出来とるな…手編み?
と、マジマジとぬいぐるみを眺めて、アントーニョはハッとした。
え?これっ……
そして気になって、タンスの奥深くをひっくり返す。
そこにはアントーニョがここで働き始めてからずっとクリスマスになると届けられていた毛糸の衣服が、着られなくなった今でも大事にしまわれている。
赤い毛糸のセーターと白い靴下、グリーンのマフラー…。
ほとんど着たきりだったアントーニョを暖めてくれた貴重な防寒具の数々。
そういえば……と、さらにテーブルの上に置かれた鉢植えに目を向ければ、それはミニトマトの鉢植えで……
えっ?あれって…ほんまもんの天使??
ここに来てからずっと見守られていたのだろうか?
しかしいつもなら、実をもいで置いておかれるのに、何故今日は鉢植え?
もう…自分は収穫できないから、アントーニョ自身に取れ…と?
まさか、まさか、まさかっ!!
ずっと自分の側にいたのに、今日を限りに自分の側から離れようというんじゃっ?!!
「あかんっ!!!」
バンっ!!とアントーニョは部屋を飛び出すと、一路フランシスの部屋へ。
「フランっ!!この建物の設計図と水路の地図見せたってっ!!大急ぎやっ!!!!」
孤児院にいる頃には勉強も教わっていたが、正直勉強が出来る方ではなかった。
が、勉強は出来なくても、ここ一番の集中力は幸いあるらしい。
寝ぼけ眼で出てきたフランシスの尻を蹴りあげて出させた設計図と水路の地図。
天使がもし暮らしているとしたら、水路の中でもそれなりにスペースがある場所で、トマトの鉢植えをそこで育てているとしたら、なんらかの方法で外の光を取り入れる事が出来る場所…。
ペンを片手に考えて考えて候補地を絞っていき、地下水路の一角に場所を絞ると、アントーニョは水路の地図を手に立ち上がった。
「ちょ、お前なに?どうしたいわけ?」
と、起こされたまま眠ることも出来ずに付き合っていたフランシスが言うと、アントーニョはきっぱりと断言する。
「親分…天使捕まえにちょっと水路行かなあかんねん。」
「はあ?」
「人数は多いほうがええし、自分でもおらんよりはマシかもしれんから、ついてきてもええで?」
とにこやかに言うが、目が拒否は許さないと言っている。
ああ、これなんだかお兄さん死亡フラグ?と遠い目をするフランシス。
思えばいつもこの天然なんだか腹黒なんだかわからない男に振り回されていたんじゃなかっただろうか?
しかし…まあ、劇場を買い取ってしまったあたりで、もう巻き込まれる運命だったのだろう。
ここで一人で行かせて看板俳優に何かあれば、次回からの舞台の収益が真っ赤になりそうだ。
「はいはい。お供しますよ。でも危ない事は勘弁ね」
と、その天使がよもや【ヘタリア座の怪人】と呼ばれる相手だとは思いもせず、軽く請け負ったフランシスは、途中でその正体を聞かされて思い切り後悔するのだ。
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