舞台中って初めてやんな…
今回舞台の最終日を終えての支配人挨拶の途中の事である。
ポツンとかすかに触れた水の感触に慌てて上を見上げてみれば、一瞬…ほんの一瞬だが潤んだ綺麗な一対のペリドットが見えた。
すぐ壁に閉ざされて見えなくなったが、その本当に一瞬の間に魅入られた。
それでも無理を言って大騒ぎするフランシスをも振りきって長い梯子とロープを使ってその壁に手を触れる事ができるところまで登ったが、どうやらこちら側からは開かないらしい。
周りには見間違いだろうと言われたが、絶対に幻などではないと言い切れる。
まるでウサギやリスのような小動物を思わせる澄んだまんまるの瞳。
もしかしてあれが皆が言う【ヘタリア座の怪人】なのだろうか?
そうだとしたら、随分と可愛らしい。
怪人というよりは妖精か天使といった感じだ。
あんな子がちょこまかと天井裏を駆け巡るくらい、良いじゃないかと思う。
よりこの建物に愛着が湧くというものだ。
お菓子の1つくらい置いておいたら食べてくれないだろうか。
今度通りそうな場所に置いておこうか。
むしろ餌付け出来ないだろうか…。
というか…何故泣いていたのだろう。
悲しそうな目をしていた。
力になってやれないだろうか。
ああ…とりあえずは捕まえて手の内に保護した上でじっくり甘やかす事から始めたい。
昔々孤児院に居た頃は、多くの小さな子どもに囲まれて、その世話をしながら暮らしていた。
しかしアントーニョが12歳になったある日、孤児院は人手に渡り、小さな子どもは別の孤児院に引き取られ、アントーニョのようにある程度年かさの子どもは、各地に下働きに出されることになった。
アントーニョの場合は幸運にも紹介されたのが、このヘタリア座の下働きで、その後才能を見出されて寄宿生となれたのだが、それでも道は平坦ではなかったし、自分の事で手一杯な時期が続いた。
寄宿生となってからは飢える事もなかったが、下働きをしていた時代はいつも飢えていた。
一応給金はでていたものの、それは他の…自分よりももっと恵まれない孤児院にいた頃の弟分達に仕送りをしてしまっていたので、いつも生活はギリギリだった。
そんな生活の中での楽しみは、たまにアントーニョの部屋の窓際にひっそりと置いてある紙に包んだミニトマト。
孤児院の頃はアントーニョが世話をして、赤く色づくと皆で食べたものだが、孤児院が売られた時に全部引っこ抜かれて捨てられてしまった。
今でも不定期に贈られる贈り主がわからないそのミニトマトは、まるで孤児院で食べた時のように体だけでなく心も満たしてくれて、アントーニョの支えだったと言っても良い。
たかが食べ物、されど食べ物である。
美味しい物を食べて腹が満たされれば、人はそれなりに満たされた気分になるものだ。
余裕が出た今、自分も誰かを満たしたいと思って周りを見回してみるが、アントーニョの仕送りでなんとか生き延びていた弟分達もすでに立派に育ってそれぞれの道を歩み始めているし、なんのゆかりもない者に手を差し伸べるには有名人になりすぎて、色々と難しい。
そんな事情もあってあの【ヘタリア座の天使ちゃん】に何かしてやりたいわけなのだが、どうやったら捕まえられるのだろうか。
――天使ちゃん、天使ちゃん、あんな可愛え子ぉがずぅっと側におったら楽しいやんなぁ…
と一人部屋でニマニマとほくそ笑む姿は、下手をすれば変質者である。
――どうやったら捕まえられるやろ…。捕まえたらとりあえず逃げられんようにせなあかんな。手錠…は痛そうで可哀想やし、この部屋の鍵を外からしか開かんもんに換えて窓に格子でもはめとくとかはどうやろ…
と一人目論むその発想は下手をしなくても犯罪者だ。
しかしあいにくとそれを咎める者はこのアントーニョの私室にはいない。
ゴロンとベッドに身を投げ出して、【ヘタリア座の天使ちゃん】を無事確保して拉致監禁出来たならしたい事を脳内で指折り数えていくうち、連日続いた舞台の疲れもあって、アントーニョはウトウトし始めた。
その時である。
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