「…ていうことでね、前の支配人が気味悪がって手放しちゃったから、今日からお兄さんが支配人て事なんだけど…お前、怪人の心当たりないの?」
それからしばらくの時がたったある日のことである。
支配人が変わったので挨拶を…と言われてアントーニョが支配人の部屋まで行ってみれば、よく見知った顔。
アントーニョが育った孤児院で一緒に育ったものの、その人形のように可愛らしい顔立ちゆえに、子どものない貴族にもらわれていった旧友である。
と、全く関係のない答えを返すアントーニョ。
今の彼にはそちらの方が重要事項らしい。
確かに分かれた時には美少女のように愛らしかったフランシスもいまやすっかり青年で、しかも顎に髭など生やしていた。
残念だ、実に残念…という目を向ければ、これはオシャレ髭だからねっ!カビじゃないからっ!とハンカチを噛みしめる幼なじみ。
こんな反応、仕草を見る限り、中身は全く変わっていないらしい。
ま、そんなんどうでもええんやけどな、と、自分で言っておいて、さらに投げやりに返すようなところは、アントーニョの方もやはり変わってないと、フランシスは肩を落とした。
「とにかく…原因というか正体わからないと皆不安がってるしね。
出来れば身元をはっきりさせた上で交渉したいわけよ、お兄さんは。
お前だって気味悪いでしょ?」
フランシスとしては、劇場は娯楽の場であるはずなので、楽しみに来てくれた客に万が一にでも不安な思いをさせるような事にはしたくないし、働いてくれている全ての従業員にも安心安全に働いてほしいと思っている。
そのためなら、前回怪人が要求してきた劇場の隅っこの席を開けておくことや、ささやかなサラリーを払う事もやむなしとは思うが、オペラの配役についてだけは譲れない時もある。
今はたまたま好調で似合った配役ではあるのだが、明らかにアントーニョに向いていない役の場合は、やはり向いている人間を使いたい。
それはお金を払ってこの劇場に観劇を楽しみに来てくれる全ての客に対しての礼儀だと思う。
そう主張すると、アントーニョは少し考え込んだ。
そして言う。
「あ~、それはないんちゃうかな?」
「それ?」
「おん。要求通らんかったからって、芝居の妨害はない気ぃするわ。
今までかて、物落ちてきたのはいつでも練習中…もしくはだあれもおらん時やってん。
あれだけポトポトよく物落とすくせに、芝居の本番中は、それがどんなに些細な…それこそ近所の子ども集めて開いたボランティアの芝居中かて、物落ちてきた事ないで?」
「…へ?…そうなの?」
「しかも…落ちてきたモンかて、水以外には、雑巾、ぬいぐるみ、花くらいで、危険そうなモンて謎の黒い塊くらいや。
それかて固いけど重いモンちゃうから、あたっても大怪我はせえへんしな」
「…なるほど……じゃあお客の方は大丈夫なわけね。でも…劇団員は不安よね?」
「俺は別に不安ちゃうけど…すっきりせんようやったら、そのうちギルちゃんにでも相談してみればええんちゃう?」
と、そこで同じく同じ孤児院出身の現探偵の名をあげれば、
「そうだねぇ、被害が続くようなら少し考えようか…」
と、フランシスも納得して、頷いた。
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