弟を与えておけば取りあえず機嫌が良く、機嫌が悪くても弟の話を出せば機嫌が直るアントーニョコントロール装置としてとても便利な弟と引き離そうなんて無謀な事を何故思ったんだ?と誰もが思った事を端的に尋ねるギルベルトに、さらにクラスメートの尊敬の念が集まる。
もっとも…それを誰も表に出さず、本人には伝えられないのがミソ、彼が普憫と称されるところなのではあるが……。
「だって…ホントの事でしょ?
トーニョはとにかくとして、弟君だって中3ともなればお兄ちゃんより女の子に興味が向く年だろうし、あんま束縛しちゃ可哀想でしょう?」
「………で?本当のところは?」
腕組みをしたまま、表情一つ動かさず淡々と言い放つギルベルト。
それにさらに顔を若干引きつらせるフランシス。
「…………」
「…………」
………………
………………
「お兄さんの今カノちゃんのお友達がトーニョを気に入っちゃって付き合いたいって……」
「…有罪だな。」
「有罪っ!」
「うんうん、有罪」
と、ギルベルトの出した判決にクラスのほぼ全員が同意するのに、フランシスは慌てて後ずさった。
隣のアントーニョにいたっては、絶望と悲しみのオーラと共に憤怒のオーラがでかかっている。
このままではまずい。
ブラコンのもつれ(?)から起こった殺人事件の被害者として、明日の朝刊に載ってしまうかもしれない…。
「い、いや、でもさ、お兄さんの事情は事情として事実は事実でしょ?
ブラコンのお兄ちゃんにがっちり束縛されてる弟君が可哀想っていうのは……。
トーニョだって弟君に構いすぎて彼女作っても続かないし……」
「俺ん事はええねんっ!!」
焦って言うフランシスの言葉に、アントーニョはまた男泣きに泣き始めた。
「思えば今から14年前、病院でふわっふわの光色の髪に新雪みたいに真っ白な肌、薔薇ん中でもいっちゃん優美やって言われとるタイタニックピンクも真っ青な可憐な色合いの淡い淡いピンク色のぷにぷにと柔らかい頬、それに何よりびっくりするくらい長い睫毛に縁どられたペリドットみたいに綺麗な大きな目ぇのあの子を見た時、俺はわかったんやっ!!
あの子は神様が手違いでぽろっと地上におくってしもうた天使やってっ!!
んで、この世の全ての汚いモンや危ないモンからこの子を守ったる事が神さんから俺に与えられた使命やねんっ!!」
いやいや…一番危ないのはお前じゃね?と、フランシスのみならず、皆思ったが、そこは空気を読んで黙っておく。
そして…そんな沈黙を了承と受け取ったか気にしないか、アントーニョの独白は続いた。
「そりゃあ、親分かて正常な感覚を持った青少年やから?
彼女とかは作ってきたけど、彼女と神様から与えられた使命となんて比べたらあかんやん?
学校終わったら大急ぎであの子迎えに行ったらなあかんから、一緒にちんたらなんて帰れへんし、休みの日にあの子一人にしておかしな輩に連れて行かれたりしてもあかんから、いつも休日も仕事なワーカーホリックな親がおれへん日中は家開けられへんけど、親が戻ってきたあとの夜は一緒に過ごしとるやん?
まあ朝はあの子学校に送らなあかんから、始発で家には帰るけどな」
「…うん、お前が平安時代みてえに通い婚の時代ならとにかく、現在では外道なだけのヤるだけ交際しかしねえのはわかった…」
ギルベルトのこめかみにピキピキと血管が浮き上がった。
世の女はなんでこんな最低男が良いのか…と、ギルベルトを始めとするクラスの男の敵対心が一気にあがった瞬間である。
そんな周りの空気をものともせず、アントーニョの独白はまだまだ続く。
「確かに中学3年ともなれば、異性に興味が出る年かもしれん。
でも俺らと違うてあの子は天使やで?
どこの馬の骨ともしれん爛れた女の毒牙にかからせるわけにはいかんやんっ!
親分が守ったらなあかんやんっ!」
「うん…その爛れた関係を普通に築いてるお前に言われたくないと思うけどね…」
というフランシスの言葉は、何故か後頭部に降ってきた隣の女生徒のカバンの衝撃で遮られた。
「そうよねっ!そんな天使ちゃんだったら変な女にひっかかったら大変よねっ!
任せてっ!入学してきたら私達もトーニョが天使ちゃんお守りするのに協力するからっ!」
と、目をキラキラさせながら言う一団。
「おおきにっ…おおきに、エリザっ!自分はやっぱりわかってくれとるっ!!」
と、涙ながらにその手を取るアントーニョに
(その女達…たった今Twitterで『リアルホモキタ━(゚∀゚)━!禁断の兄弟愛っ!』とか叫んでんぞ…)
と、スマホを弄りながら聞いていたギルベルトがため息をつく。
もちろんそれをたしなめる勇気はさすがの勇者ギルベルトも持ちあわせてはいない。
ただ、プライバシーの問題もあるから、エリザにはせめて鍵をかけて話すように注意しよう…とだけは、ぎりぎりの良心で思った。
「親分な、親分な、もうギリギリ限界やねん。
昨日もフランのアホがあんな事言うさかい、頑張ってみたんや。
いつも二人で帰宅すると、”ただいま”と”おかえり”のハグとキスするんやけど、それもせえへんかったし、風呂も一緒に入らんかったし、夜かて別々に寝たんやでっ?!
あの子に何かあったら心配やから、親分はあの子の部屋の前の廊下で寝たんやけどなっ」
(おいおい、そのくらいにしとけ…。
エリザのTLが鼻血とよだれの文字や顔文字ですごい事になってるから…)
と、もうその距離感の異常さには敢えて意識を向けないように、ギルベルトはやっぱりスマホを覗きながら眉間に手をやりため息をつく。
「お風呂…お風呂、一緒に入るのは当然よねっ!兄弟ですもん!!
それで…体とか洗ってあげるのっ?!」
食いつく腐女子軍団に
(ダマされるなっ、それは当然じゃねえっ!
中学と高校の男兄弟が毎日一緒に風呂入るなんて全然普通じゃねえからなっ!)
と、言えずにスマホの画面に現実逃避しつつも、そこで放棄して離れるという事が出来ないあたりが、苦労人のギルベルトだ。
フランシスなんかは半当事者だったはずなのに、カバンが後頭部に飛んできたあたりで、すでに自席に戻ってipodをいじり始めている。
そんな周りの反応を気にすることもなく――そのあたりはさすがにKYキングと言われる男だ――アントーニョは
「背中とかは自分やとちゃんと洗えへんやん?
あの子体固いから足先とかも綺麗に洗えへんから洗ってやっとるよ。
あとは頭もな~」
と、続けて、腐女子心を一気に惹きつけていた。
「それをな、昨日は全部してやってへんねん。
朝もおはようのハグとキスしてへんし…もう親分アーティ不足で死んでしまいそうなんやけど…こんな事続けとって、こんなおかしな状況が普通なんやってあの子が勘違いしてもうたら、親分、もう生きていけへん…」
「勘違いはお前だぁあああ~~!!!!」
と、耐え切れず突っ込んだギルベルトの、クラスの男子全員の気持ちを代弁した叫びは、
「余計なちょっかいかけたら沈めるわよっ!!!!」
という女生徒の集団の速攻の殺気じみた返しにへなへなとしぼんでいった。
「安心してっ!天使ちゃんが学校に入学してきたら、私達がきっちりトーニョが普通なんだって教えてあげるからっ!!」
「エリザっ!!おおきにっ!!おおきになっ!!!!」
ギラギラと目を輝かせるエリザと滝の涙を流すアントーニョがガシッと手を握り合っているその裏では……
エリザ:@erieri
来年早々同好会作るわよっ!表向きの目的や名称はなんでもいいわっ!
そこにトーニョと天使ちゃんを入れて、愛で放題っ!学祭なんかに至ってはもうっ!!!
リーゼロッテ:@haiji_suki
それなら私におまかせ下さいまし。生徒会に在籍しているお兄様にお願いすれば、よほどおかしな同好会でない限り認めて頂けると思います。
エリザ:@erieri
リゼルちゃんナイスよっ!じゃあ春休みまでに各自どんな同好会を名乗るかを考えておきましょうっ!!!
……などと言う会話がなされているなどという事に気づいているのは、おそらくギルベルトのみ…。
そして
(これ…トーニョだけじゃなく、女達からも天使ちゃん守ってやんなきゃなんじゃね?)
と、使命感に駆られて巻き込まれていくのが、普憫の名を有する彼の宿命なのである。
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