「フラン…一緒に死んだって…」
朝の『おはよう』に対する返答にしてはあまりにもヘビー過ぎる台詞。
さらに、生気のない血走った目でガタっと音をたてて立ち上がった悪友、アントーニョは、冗談ではなく本気で言っているように見える。
「え?ちょ、ちょっと待とうかっ」
と、ジリジリと後ずさると、まるでホラー映画のゾンビのようにジリジリと歩を進めてきた。
以前教室のドアをぶち破った事のある怪力を秘めた腕には血管が浮かび上がり、強く握りしめた拳がプルプルと震えているあたりで、フランシスは本気で生命の危機を感じて全身にぐっしょりと嫌な汗をかいている。
いつもつるんでいる悪友の、そのあまりの不穏な様子に、フランシスと一緒に登校してきたもう一人の悪友ギルベルトは果敢にも間に割って入った。
「おい、落ち着け、トーニョ。
ここでお前が犯罪者になったら、お前の天使ちゃんも犯罪者の家族って事で肩身の狭い思いするんだぞ?」
【お前の天使ちゃん】
これは魔法の言葉のはずだった。
現在高校2年生のアントーニョが溺愛している中学生の弟。
来年度からは同じ学校に入学予定ならしい。
アントーニョいわく、可愛くて可愛くて可愛くて、純粋で清らかで、天使そのものだという中学3年生。
自分はこの愛らしい天使を守るために生まれてきたのだと豪語するアントーニョは、成績は中くらいながら、背がそこそこ高くスポーツ万能、明るい性格に整った容姿で、男女問わず人気者だが、この重度なブラコンのせいで、”残念なイケメン”として認知されている。
その目に入れても痛くないほど可愛い天使ちゃんの話を出されれば、いつもなら大抵はそのアントーニョの宝物がいかに愛らしく素晴らしいかを延々と語り始めるはずなのだが、今日は違った。
ダン!!!と目前の机に両手を付き、ガックリと肩を落として絶叫する。
「親分、もう限界やっ!!ダメやっ!死んでまうっ!!!!」
まるで大舞台で悲劇を演じる俳優ばりに慟哭する様子に、少し早めに登校していたクラスメート達がぎょっとしたように、最後列にあるアントーニョの席の方を振り返った。
いつもは太陽のようなと称される明るい表情をしている、よく日に焼けて整った精悍な顔に悲痛な表情を浮かべて、綺麗なエメラルド色の瞳からこぼれ落ちる涙が褐色の頬を伝う。
いったい何があった?
誰もがそう思い、実際側にいたギルベルトがそう聞いてみた。
それに返ってきた答えは…
「フランの…フランの言うこと聞いたせいで…」
――てめえ…何言いやがった?
それは教室中のクラスメートの声にならぬ声だった。
一斉に冷たい視線が向けられて、フランシスは焦って首を横にふる。
「え?え?お兄さん、今日はおはようって挨拶しただけだよ?」
「昨日の話やっ!あほうっ!!」
「昨日?昨日って……え?あれのこと?」
「それやっ!!!」
と、ビシっと指を指されて固まるフランシス。
その間もボロボロ大粒の涙をこぼしながら教室中の同情の視線を一身に浴びるアントーニョ。
「お前…何言ったよ?」
ギルベルトが聞く。
はっきり言って度を超えたポジティブにして鈍感な気質のため呆れるほど打たれ強いアントーニョにここまでのダメージを与える事が、隠れヘタレと言われるフランシスにも出来たのか…と、教室内の誰もが思った。
視線が痛い…本気で痛い。
「い、いや、違うよ?お兄さん変な事言ってないっ」
アントーニョに…と言うより、ギルベルトと教室の全クラスメートに向けて、フランシスは顔の前で手を振りながら首を横に振って訴える。
「ただ…」
「ただ?」
と聞き返す周りの声音は冷たい。
フランシスはますます焦る。
「言っただけだよ?」
「なんて?」
………
………
………
「いい加減弟離れしたほうが良くない?って」
シン…と静まり返る教室内。
そして起こるざわめき。
「まさか…それでちゃんと弟離れしようとかしたのか?お前が?」
と、クラス全員の疑問を代弁したのはやはりギルベルトだった。
そしてギルベルトの口から疑問が発せられると共に、うんうんとうなづくクラスメート達。
どう考えてもアントーニョの脳内での順位は可愛い弟>>>>>>>エベレストの数万倍は高いであろう絶対に何があっても越えられない壁>>>>>>>フランシスなはずだ。
そんな男がフランシスにちょっと言われたくらいで何故弟離れしようとか思うのだ。
誰もが信じられず、誰もが疑問に思ったが、そこで俯きながらハラハラと涙を零していたアントーニョはキッとフランシスを睨みつけて、ピシっと指をさして叫んだ。
「こいつがっ…この男が、親分の可愛えアーティかてもう中3になったんやから、弟に構うのもいい加減にせえへんと嫌われる言い寄ったからっ!!!」
きらっ…嫌われるって……と、その後号泣するアントーニョに、フランシスは途方に暮れた様子でギルベルトに視線を向ける。
その視線を受けて、ギルベルトは片手を机に置き、もう片方の手で綺麗な銀髪をくしゃくしゃと掻きながら、はぁ~っと深く息を吐き出した。
「お前さぁ…なんでそういう余計なちょっかいかけんだよ…」
そのギルベルトの言葉にまた、クラスの面々がうんうんとうなづく。
伊達にクラス委員などやっていない。
見かけはファンキーで言動は中二病っぽぃが、実は真面目で成績優秀…そして何より空気が読めて頭が良い。
なのに不憫、一人楽しすぎる普憫、アントーニョの“残念なイケメン”に対して、“イケメンなのに残念”と言われるギルベルトは、それでもクラスの総意を汲むのは上手かった。
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