もう色々が吹っ飛んだ。
アントーニョは真っ赤にあかぎれた少年の手から洗っていたカップを取り上げ、氷のように冷たい濡れた手を自分の手で包む。
「…一体、何を………」
と呟いた。
「何をやないわっ!急に消えてまうから、探したんやでっ!
ガラスの靴と4人兄弟の末っ子しか手がかりないから苦労したわっ」
と言って、アントーニョはハッとした。
『お姫様の衣装ね。全部元々の服を魔法で豪華に変えたものだから』
フランシスの言葉が脳裏を横切って恐る恐るもう一度下を確認する。
布を巻いただけの小さな足。
ガラスの靴がアントーニョの手元にあるせいで、1週間もこんな状態で…?
アントーニョは少年を抱き上げると、台所の粗末な椅子に座らせて、その前にひざまずくと煤で真っ黒になった足を手にとった。
「堪忍…寒くて硬くて痛かったやんな。
もっと早く探しだしたれば良かった。
ほんま堪忍な」
と泣きながらその足に口付けるアントーニョに、慌てる周り。
「あ、あのっ。殿下、その子どもが何か粗相を?!」
と駆け寄る母親に一瞬怒りをぶつけかけるアントーニョだが、その空気に怯えたように硬直した少年に気を取りなおした。
「粗相やないで?
この子、この子城に貰って行くわ」
と、思っても見なかった返事に口をパクパク開閉させる母親。
「あ、あのっ…側仕えでしたら、他のもっとちゃんとした息子を…」
と、それでもなお食い下がるのに、アントーニョは怒りを含んだ目で母親を睨んだ。
「親分、この子がええ言うてるんやけど?聞こえんかったか?
…怒らせんといてな?」
と、口元だけに浮かべる笑みに、母親は無言でコクコクとうなづいた。
一方のアーサーはまだこの状況が把握出来ない。
「…あの……」
「ん?」
と浮かべる優しい笑みはあの夜のままで、泣きそうになる。
「なんで?俺…令嬢じゃないぞ」
「親分が探しとったのは、令嬢や無くて親分が育てたトマトをめちゃ嬉しそうに食べてくれた自分なんやけど?」
「格好だってこんな汚いし…」
「服くらいいくらでも買うたる言わんかった?」
「女ですらない。こ汚いただのガキだ…」
「…自分は親分が今まで会うた中でいっちゃん綺麗で可愛くて…愛おしい子ぉやで。
性別やって関係ないわ。親分こんなに真剣に何かを望んで手に入れるために努力したんは初めてや。
もう逃さへんで?逃げたかて地の果てまでも追いかけて捕まえたる。
大事に大事にしたるから、諦めたって?」
そう言うとアントーニョはそのままアーサーを抱き上げて馬車へと向かう。
こうしてのちに広大な領土を支配する大帝国を作ることになる大王アントーニョの最初の戦利品にして生涯の宝物は、その手中におさまったのである。
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