俺様の俺様による俺様のための教訓的シンデレラ8

12時を過ぎたら全てが戻っていた…

キラキラのティアラもふわふわのドレスも何もかもなくなり、元のボロボロの格好でアーサーは森の中に佇んでいた。


『な、なあっ!自分そんなんならうちに帰らんでもええんちゃう?
ここで暮らし?!
親分めっちゃ美味いモン仰山食わしたるよっ』


どこかの貴族の息子なのだろうか。
皇太子に取り入らなくても問題ない程度の…。


あんなに掛け値なしの好意を示してこられたのは思えば初めてかもしれない。
誰かに笑顔を向けられたのすら、母親が亡くなってからはなかったことだ。

自分のために料理をとりわけてくれた温かい手。
それはお腹だけでなく心もほんわりと充足した気分にしてくれた。

幸せな幸せな…心の中の宝箱にそっと閉じ込めて、辛い時、悲しい時に眺めて慰めにしたいくらいの、夢のような時間。

だからこそ、それを壊すわけにはいかなかった。

綺麗な令嬢だと思って優しくしてくれたに違いない青年に、実はただのこ汚い子どもである自分を見せて失望されるのだけは避けたかった。

だからあの時、12時になろうとしている時計を見て、アーサーは慌てて逃げたのだ。

よもや追いかけてきてくれるとは思わなくて、もしかして自分は望まれている、ここにいてほしいと思われている、そんな勘違いを一瞬だけしてしまったのが失敗で、結果転びそうになった時に脱げてしまったガラスの靴。

今こうして元に戻って自分の足を包んでいるボロ靴と同様、薄汚い布の靴に戻ってしまったに違いないそれを、あいつはどう思っただろうか…。

もしかしたらそれを自分が落としたモノとは認識していないかもしれない。

そうだといいな。

あの青年の中でだけは自分は綺麗な令嬢で居られればいい…そんなことを思いながら、アーサーは片方だけしか靴のなくなった足を引きずるようにして、自宅ヘ帰った。


その日は母親も兄達も帰りが遅くて、顔を合わせたのは翌朝の事。

もちろん靴を片方失くした事については烈火のごとく怒られた。
当然のように新しい靴を買ってもらえるなどということはなく、しかし裸足だと寒いし足も痛むので、古い布地を巻きつけて過ごすことにした。

その日は当たり前に食事は抜きで、飢えたまま寝床に入れば、何故か無意識に持ってきてしまったらしい赤い実が藁の合間に転がっていて、それを大切に口に含めば、あの日と同じ甘い汁が口の中いっぱいに広がった。

こうして夢の時間もそのあとの混乱も終わり、靴がない分、いつもより少しだけ寒く辛い日常が戻ってきた。


あの日のパーティーでは結局側近候補が選ばれる事はなかったらしい。

別の人間が選ばれるよりは、いつかまた選ばれる可能性は残っているだけマシだろうが、それでも皇太子の側近となる夢を見ていた兄達も母親も機嫌は悪く、アーサーはなるべく彼らを刺激しないように、静かに過ごした。

しかし戻ったように思えた日常は、たった5日で覆される。


どうやらあの日、皇太子は側近候補はみつけなかったものの、見初めた令嬢がいたらしい。

その令嬢を探すための謁見の場として、カークランド家を使わせてほしいという申し出があったのだ。

もちろん母は大喜びで了承する。

当日まで2日。
アーサーは家中を大掃除だ。

それでもまだ当日まで色々夢をみている母の機嫌が良いうちはいい。

だが当日になって皇太子が兄達に目を止める事もなく、部屋だけ借りて当たり前に帰ってしまえば、また八つ当たりをされるのが目に浮かぶようでうんざりした。

それでもアーサーには選択権などない。
言われるまま茶器を磨き、最高の茶葉を用意する。

二日間、せっせせっせと働き続けて、当日。

上機嫌な母親の案内でリビングに通された皇太子に次々会う娘達。

その波が途絶えないところをみると、どうやら目的の娘は見つからないらしい。

まあアーサーには関係ないことではあるが。


とうとう24人目。

最後の娘も違ったらしく、命じられて淹れさせられた紅茶を母親がリビングへと運んでいく。
これで終了だ。

フ~ッと溜息をつき、アーサーは茶器を片付け始める。

おそらくここからは母は皇太子を引き止めて、兄達を売り込むつもりだろう。
そうとなれば紅茶より酒を命じられる気がする。


ああ、どの兄でも良いから気に入ってくれないだろうか…。

そうしたら母の機嫌は良くなるだろうし、物理的にも一人分の家事が減る。

水仕事をする手も冷たければ薄い布を巻いただけの足も冷たい。

ため息をつきながらポットを洗っていると、何故か戻ってきた母親が、まだ紅茶を淹れるのに何故ポットを洗うんだと金切り声をあげた。

どうやら皇太子がもういっぱい紅茶を所望されたとのこと。

そこで紅茶を淹れた人間を聞かれて、兄が淹れたと言ったので、兄が淹れても同じ味になるようにしろと無茶を言う。

ため息だ。
ため息しか出ない。

またヤカンにお湯を沸かし直し、洗ってしまったばかりのポットを出し直す。

そうして後ろでキーキーうるさく騒ぎ立てる母親を気にしないようにして、ヤカンの湯が沸くのを待っていると、今度は廊下が騒がしい。

兄の声と足音。

皇太子にまた何か言われたのだろうか…。

近づいてくる足音と気配は複数で、なぜだかキッチンに入り込んできたので、何事かと振り向いて、兄と共に入ってきた男を見て、アーサーは硬直した。



自分……自分何しとるんっ?!!


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