「誰か、ギルちゃん呼んだってっ!」
アントーニョは軍隊時代の友人、この国の良識と言われている真面目で苦労性な軍務大臣の長子を呼びつけた。
と、いつものような要件だろうとノックもせず部屋のドアを開けてそう言う旧友の言葉を遮って、アントーニョは言う。
「城を中心に、昨日のパーティの招待客の中で一番城から遠い客の家までの範囲を30区画に区切った地図を大急ぎで用意してや。
あと、靴職人を至急執務室に手配や。ええな?」
「お、おう?」
命じるなり自室を出て執務室に向かうアントーニョに戸惑うギルベルト。
だが、大急ぎで部下に言われたものを用意するように命じて、自分はアントーニョの後を追った。
「女の子をな、探しとるんや」
執務室で席につくなりそう言うアントーニョに、一瞬いつもの悪いくせか…と思うが、いつになく厳しく真剣なその表情に思い直す。
「何かの容疑者か?」
色事でなければ…という前提で聞くとアントーニョに苛立った視線を向けられて言葉を飲み込んだ。
「即刻助け出したらなあかん子がおるんや。
手がかりは両親入れて6人家族の末っ子で、この靴の持ち主や」
と、机に置いたのはキラキラ光るガラスの靴。
「これから職人に大急ぎでこれと全く同じサイズのモンを30個作らせる。
で、1班3名、30班、計90名で30区画の中で10歳から20歳までの娘全員にこの靴を履かせて、サイズに合う子ぉ全員集めたって。
で、親分が本人かどうか確認するわ。
ええな?大至急や」
命じて一日で靴が出来、翌々日には範囲内の家はもちろん家族構成もきちんと調べた地図が完成し、4日後には捜索隊が編成された。
普段のダラけた態度はどこに行った?と言いたくなる手腕と集中力である。
そして捜索隊が捜索すること3日。
最初の命令から丁度1週間。
7日後には靴のサイズに合う娘、計24名が集められたが、いずれもアントーニョが探していた娘ではないらしい。
最後、24人目に謁見したアントーニョは黙って頭を抱えてため息をついた。
「…一体…どこに行ってもうたんやろな……」
娘達に会うために出向いてきた街外れの屋敷でアントーニョは片方だけのガラスの靴を手にため息をついた。
「殿下、どうかお寛ぎ下さい。」
と、出されたのは白い陶磁器のカップに入った紅茶。
ああ…あの子に最後に頼まれたのも紅茶だったな…と、ため息をつきながら口に含めば、憂いも薄れそうなくらい薫り高く美味い。
「美味い紅茶やなぁ。なあ、この紅茶淹れたんは誰?」
と思わず聞けば、件のパーティーにも側近候補として招かれていたらしいこの家の息子は少し母親の方を伺った。
そして母親はここぞと身を乗り出した。
「この子はとても茶を淹れる事が得意でございまして。
お城に置いて頂ければ、殿下に毎日美味しいお茶を提供できるものと思いますわ」
と言われて、それも悪く無いと思う。
別にシェフも使用人も山ほどいるが、そこに紅茶専門の人間が一人加わったくらいで問題はない。
「そうやなぁ…とりあえずもう一杯もらおうか…」
とお代わりを所望すると、カップを手に下がりかける息子。
「どうせならここで淹れてや?」
と、淹れたてを味わおうとそう言うと、少し躊躇する息子を肘で突いて、母親が
「ではお湯を用意して参ります」
と、パタパタとキッチンへ戻っていった。
その落ち着きのない慌てぶりに、ああ、これは本当は使用人に淹れさせたんやろな…と、アントーニョはいたずら心を起こして、慌てる息子の静止を振りきってキッチンへと近づくと、母親の金切り声が聞こえた。
「だからっ!注げばいいだけにしておきなさいっ!!
あの子が皇太子様に仕えられるかどうかの瀬戸際なのよっ!
失敗したらどうなるか、わかっているんでしょうねっ!!」
と怒鳴られているのは後ろ姿で顔は見えないが、どう見てもまだ15歳はいっていないような子どもだ。
使用人…にしても、ひどい格好だと思う。
細すぎる体におそらくこの家の息子達の誰かのお下がりか何かなのだろう、ブカブカのシャツをまとい、吊りでかろうじて落ちないようにしたブカブカのズボンをはいている。
そのどちらも煤けて一部不格好なツギがあたっていて、白く細い足先は何故か靴が片方しかなく、もう片方には薄い布がまきつけてあるだけで、煤にまみれたかかととつま先がすごく寒そうだ。
なんだか悲しくなるような光景である。
どうせ城で働かせてやるなら、この子どもの方が良い。
そう思って、
「なあ、そこの子…」
と、ツカツカとそのままキッチンに足を踏み入れたアントーニョは、驚いたように振り返るその子どもを見て、固まった。
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