夢見るような潤んだ大きな瞳…。
そこで――神様…――と小さく声の出ない口でつぶやいた後、天使のような少年は初めてスペインの存在に気づいたようだ。
そして驚いたようにすくみ上がると、ガバっとベッドから身を起こした。
ガクリっと倒れかかった小さな身体をスペインは慌てて支えた。
苦しそうに咳き込みながら、震える小さな肩が痛々しい。
「ちょ、無理したらアカンよっ!大丈夫、大丈夫やでっ!
もう怖い海賊は親分が退治したったからなっ。
怖がらんでもええよ?守ったるから。自分のことは親分が責任持って守ったる」
と、少しでも楽になるようにと怖いくらい細い背をなでながら何度も繰り返すと、少年はようやく理解してくれたのだろうか…おそるおそるスペインを見上げた。
恐怖のためか苦痛のためか、大きな瞳には涙があふれている。
「…声…出えへんのやね?」
と言うとやはりそうらしくコクコクとうなづいた。
元々しゃべれないのか、海賊達のせいでしゃべれなくなったのか…
どちらにしてもこんなか弱くもいとけない子をこんなにも怯えさせたのは万死に値する。
…まあ、すでにスペインが鉄槌を与えて死んではいるのだが…。
とりあえず…声は仕方ないにしても、医者いわくかなり衰弱している身体は元気にしてやらねばならない。
「そうか…可哀想になぁ…。
とりあえず咳少しおさまって来たみたいやし、少し飯食うて薬飲もうか」
と、少しでも天使に体力を使わせないようにと、横たわらせてシチューを匙ですくって口元に持っていってやるが、天使は怯えたような目で震えるだけで一向に口を開く様子がない。
もしかして…スペインも怯えられているのだろうか。
この子もしかして城ん外出たこともない箱入りで、外の人間で初めて会うたのがあの海賊で、それがああやったから、外の人間はみんな怖いもんと思うてるんかも…ああ、きっとそうやっ!
――お前…そのすさまじい発想どこからくるかな?
――お兄さんの身体半分分捕ったような眉毛にどんだけ夢見てんのよ…
と、ここにお姫様のように綺麗な顔をした、でもえげつない性格の旧友がいれば、そう突っ込んでくれるのだろうが、あいにく彼は今敵方だ。
スペインのその暴走しきった発想にツッコミを入れる人間は今ここには誰もいない。
スペインの脳内では目の前にいるのは恐ろしい思いをして怯えきった、可哀想な純真無垢で愛らしい守ってやるべき天使である。
決して海賊の頂点でふんぞり返っていた国家様ではない。
もう大丈夫、海賊は退治した。
怯える事はないのだといくら説明しても、ただ震えるだけである。
可哀想に、よっぽど怖い思いしたんやな。
ほんまあのアホ共、もっと傷めつけたれば良かった。
拷問の1つもせず楽に死なせてやるんやなかったわ。
こんなかっわ可愛え子ぉになんてトラウマ植えつけとるんやっ!
こういう純真無垢な天使みたいな子ぉは手なんかだしたらあかんっ!
世界でいっちゃん安全で世界でいっちゃん心地いい場所において可愛え格好させて、眺めて愛でて癒されるもんやんっ!
…との心の叫びを、のちに知り合う某国が聞けば
――ええ、嫁はディスプレイを通して可愛らしいその姿を愛でて楽しむものなんですっ!手を触れたいなんて邪道ですよっ!
と大いに賛同してくれるだろうが、某国と出会うのはまだまだ先の事なので、まだその考えに賛同してくれる者はいない。
しかし未来の技術大国と同様の考えをこの時代にすでに持っている…そう考えるとある意味【新しい】男なのだろうか…。
「食欲ないかもしれへんけど、食わんと元気になれへんよ?
親分な、せっかく助けた子ぉが飯食えんと弱ってくの見るの辛いねん。
代わってやれるなら代わってやりたいんやけどな……」
弱々しく咳き込むその姿にもう胸がきゅんきゅんである。
可愛い。だが不憫だし、これで衰弱死でもされた日には地の底までも落ち込む事はうけあいだ。
子どもは保護され幸せに笑っていて欲しい………
ただし可愛い子に限る。可愛い子に限るのだ。
大事な事だから2回言ってみた。
ペドと称されるほどの子ども好きなこの男…しかし実は子どもに対してなら全て博愛というわけではない。
某新大陸では大人だろうと子どもだろうとえげつないまでに踏み潰している。
かと思えば、知らないとは言え自国の商船を襲いまくって国家経済に大打撃を与えている相手をこうして保護し愛でているわけではあるが…。
まあ正体を知らないのだからその点においては仕方ないと言えば仕方ない。
国の化身とは言っても彼らの心なんて人間とそう大差あるわけじゃない。
だけど身体は確かに彼らとは違う。
長い長い時を生き、何度も何度も親しい人間が生まれてくるのを迎え、神の元へ戻るのを見送る。
人間の一生なんて彼らにとってはほんの短い期間だ。
だからこそ愛おしいと思った相手に対してはその短い時を少しでも長く共有したいし、そんな短い間くらい、自分の何かを削ってでも幸せに過ごさせてやりたい。
代わってやれるなら代わってやりたいんやけどな……
と呟いたスペインの言葉は決して社交辞令でもなく、心からの言葉だ。
この天使のような少年の辛い状態を自分が肩代わりしてやれるなら、本当に喜んで肩代わりしてやりたい。
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