風邪が辛すぎるので6

人の気配がする。

あの野郎…俺の許可無く部屋に入るなって言ったのに、命令破りやがったか…。

イングランドは一瞬そう思ったが、もう少しシンプルにと、海賊が用意したケバケバしいベッドを拒否ったら、何故そこまで?と思うくらい固く粗末になった自らの寝台にしてはずいぶんと柔らかく清潔な匂いのする寝心地の良い場所に寝ている事に気付き、ああ、これは夢見てるんだな、と思う。


だってありえない。

陸地でだってそれほど美味しい物など出てこなかったが、海の上では味はわかってもうるさくはないイングランドですら不味い…と感じるような食事しか出てこないのに、今漂っているスープだかシチューだかの匂いはなんと美味しそうなことか。

このところあまり感じなかった食欲が久々に戻ってきて、イングランドは目を開けて…そして硬直した。


…誰だ?このイケメン。

健康的に日に焼けた肌。
整った顔立ち。

フランスも綺麗な男だったが、この男の方が甘さの中にも男らしい精悍さがある。

意志の強そうな綺麗な形の黒い眉の下にはエメラルドみたいにキラキラと輝いているグリーンアイ。
笑うとまるで太陽に照らされているようにそこらじゅうが暖かくなるような気がした。


少なくとも自分の部下の海賊達にはこんな目の覚めるようなイケメンはいない。

寝心地の良い寝台、嘘みたいなイケメン、そして…なによりあれほど願った美味しそうな食事…。

夢でなければ…自分は死んで天国にでも来てるのか…


…神様…?…
と思わず問いかけようとして、喉がいたんで声が出ないことに気づく。

痛い…と、痛覚を感じると言う事は夢ではなく…天国ということもなさそうだ。

…ということは???
現実っ?!!!

ガバっと起き上がると目眩がしてフラリと身体が前に倒れる。
ついでに声をあげようとして喉の痛みに咳が出た。

「ちょ、無理したらアカンよっ!大丈夫、大丈夫やでっ!
もう怖い海賊は親分が退治したったからなっ。
怖がらんでもええよ?守ったるから。自分のことは親分が責任持って守ったる」

スペイン語…ここはスペインか?
海賊は退治した?守ってやる?何を言ってるんだ、この男はっ!


ゲホゲホと咳が止まらないイングランドを男はぎゅうっと抱きしめながら、なだめるように背をさする。

喉は痛いし咳き込みすぎて涙は出てくるし、もう散々で、しかもこいつわけわかんないこと言ってるし……


「…声…出えへんのやね?」

少し咳が落ち着いてきたところで、上から降ってくる声。

とりあえずまだ痛いし涸れてるし出そうにないので、コクコク頷いておく。


「そうか…可哀想になぁ…。
とりあえず咳少しおさまって来たみたいやし、少し飯食うて薬飲もうか」
と優しげに言われる意味がわからない。

横たわらされると、男が上機嫌でシチューを匙ですくって口元へ…。

大変おいしそうな匂いなわけだが…食べて大丈夫なのか、これ?
毒でも入ってるんじゃないだろうか…。

だって海賊退治したってことは、こいつはスペインの側の人間、スペイン人で…自分はこいつらが退治したらしい海賊の側の人間で……。


口を閉ざしてその顔を凝視していたら、綺麗な形の眉が悲しそうに下がった。

「食欲ないかもしれへんけど、食わんと元気になれへんよ?
親分な、せっかく助けた子ぉが飯食えんと弱ってくの見るの辛いねん。
代わってやれるなら代わってやりたいんやけどな……」

男の様子があまりに悲しそうすぎて、自分がなんだか悪いことをしている気分になった。

でも明らかに敵の差し出すものを口にする勇気がない。

そもそも自分は国だから、数日間食べなかったからと言ってそれで死ぬなんて事もない。

というか…ここまで相手から敵意を感じられない自分がおかしいのか感じさせない男がすごいのか…明らかに敵方だとわかっているのに、全然男から敵意とか悪意を感じる事が出来ない。


「もっと早う助けてやれれば良かったんかな…。
堪忍な。もっと早う行動起こしとけば良かったな。
でももう…なんも心配することないんやで?ちゃんと養生して元気になろう?」

匙を持つ手と反対側の手で頭を撫でられ、一口でもええから…と縋るように言われると、それ以上拒否るのはひどく情が無い気がしてきて、仕方なしに口をあけると、ぱぁ~っとまるで雲の合間から顔を出した太陽のように男は笑顔になった。

そして口の中へと流し込まれたシチューを咀嚼して飲み込む。

…美味い!

もうこれ毒入りでもいいか…と思うくらい美味い。

久々に食べる夢にまで見た美味しい食事に不覚にも涙が出た。

泣きながら黙々と差し出される匙を口にしていると、何故か男も泣いている。

…何故だ?

やっぱりこれ毒だったりするのか?

でも美味しいもの食べて死ぬなら本望な気がしてきた。


「たんと食べて早く元気になりや?
元気になったら楽しい事いっぱい教えたるからな」

結局食事を食べきって、薬までしっかり飲まされて、お日様の匂いのする清潔で心地よいブランケットを肩までかけられる。


「自分…名前は?なんて呼んだらええかな?」

と、そこで問われてイングランドはもうお腹がいっぱいで半分眠くなっていたのもあって、すっかり危機感が薄れていて、

――イングランド…
と、声は出ないが口だけ動かす。

それに男はきょとんと小首をかしげ、ああ、と、笑った。

「自分、英国人なんやね。スペイン語あんまわからんのかな。
名前…わかる?俺はスペ…いや、それやったらわからんか…。
えっと…俺はアントーニョ、トーニョや」
と、男は自分を指して言う。


ああ、わかってる。名前だろ、名前。
だからイングランドだって。人間じゃねえし他の名前なんかねえよ。

そんな事を思いながらも、説明するのも面倒くさい


――イングランド…
ともう一度口を動かすと、男はまたちょっと困ったように笑って考え込んだ。


「通じんかぁ…困ったなぁ。とりあえず呼び名がないと不便やんな。
なんか英国人らしい名前…アーサーなんかどうやろ。
な、これから自分の事アーサーって呼ぶな?」

男はイングランドを指さしてそう言った。


アーサーかぁ…まあいっか。

腹が満たされて薬も聞いてきたのか眠さが限界だった。


イングランドは小さくあくびをすると、男を放置で目を閉じた。



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