(おろ…?)
中はごくごく質素な部屋。
板の間におしるし程度の薄い絨毯。
広くはない部屋の中央には小さなテーブル。
その上にはさし掛けの刺繍がおいてある。
どうやら人間の部屋であるらしい。
何故幹部達の部屋が連なる船の最奥にこんな部屋が?と思いながら、奥にあるベッドの方に恐る恐る近づいていけば、ベッド横の小テーブルには小さなコップと水差し、それに小さな薬瓶。
そこでベッドの方へと目を向けて、スペインは息を呑んだ。
上等とは言えない小さなベッドに埋もれるように横たわった少年。
年の頃は12,3くらいだろうか…。
熱があるのだろう。
汗で濡れた金色の髪。
それがはりついた額は広く、肌は真っ白だ。
しっかりと閉じられた瞼の先にはクルンとカーブを描いた濃く長いまつ毛。
鼻は小さく整っていて、可愛らしい唇はかすかに開いてそこから苦しそうな息を吐き出している。
前髪に隠れた立派すぎる眉毛が若干コミカルではあるが、どこか品がある大変可愛らしい子どもだ。
(こんな子がなんで海賊船におんねん…)
スペインはやや拍子抜けしながら考える。
こんな病気の子どもがよしんば剣を振り回したところで、自分どころかスペイン軍の一番弱い下級兵だって傷つけられたりしないだろう。
(…それ以前に…こんなちっちゃな手で振り回せる剣なんて玩具みたいなもんやろ)
と、自分よりは二回りは小さい、まだ柔らかな真っ白な手を見て思う。
(そもそも…こんな子無理やり起こして戦いの場に連れて行こうなんて、それだけで外道やんな)
ひどく苦しそうに咳き込む少年を見下ろしながら、スペインは眉を寄せた。
どう考えても解せない。
色々解せない。
立派な部屋を通り越した最奥の、質素なこの部屋の事。
そこに眠るどう見たって海賊なんかとは無縁の…むしろどこかの良い家の子なのであろう少年。
その子が最強のスペイン軍を倒すための道具になりうるという海賊の頭の言葉……。
あ…そうか……それか……
と、そこでスペインの思考は1つの可能性に辿り着いた。
改めて少年に目をやると、その考えはいかにも正しい気がしてきた。
しっくりとくる。
この子…誘拐されてきた貴族の子か何かか。
人質っちゅうわけやな。
なるほど、こんないたいけな子を盾にされれば、曲がりなりにも正当なキリスト教国、信心深いスペインの兵達の士気は下がるだろう。
子どもは守るべきもの、傷つけたりしてはならない。
ましてやこんなに可愛らしい、しかも病に苦しんでいる可哀想な子だ。
スペインだってこの子に刃でも当てられて脅されれば、相手を切り捨てる自信などない。
良かった…。
海賊がこの子を連れてくる前にこの子を確保出来て本当に良かった。
「もう大丈夫やからな。親分が助けたる。安心し」
スペインはサイドテーブルの薬瓶を確認し、その中身が上等とは言いかねる、子どもに飲ませるには少々強い風邪薬だという事を認めると、
(子どもになんちゅうもん飲ますんや。あんな悪趣味な装飾にかける金あるんやったら、ちゃんとした薬買ってやれっちゅうねん)
と、盛大に眉間に皺を寄せながら、少年をブランケットに包んで抱き上げた。
海賊船の者は皆殺し…それはスペイン自身が口にした事だが、誘拐の被害者であるいたいけな少年をそこに含むほどスペインとて馬鹿ではない。
早く自国の船に連れて帰って、きちんとした治療を受けさせてやらねば…。
足早に甲板に戻ると、不思議な目を向ける部下達に
「この子…こいつらに誘拐されとったみたいやねん。
たぶん人質のつもりやったんやろが、船の奥に閉じ込められとった。
かなり身体弱っとるから、はよちゃんと治療受けさせたらなあかんし、親分いったん一足先に船に戻るさかい、あと頼むな?」
と、声をかけると、心優しい神の元生きる男達はもちろん嫌な顔などしない。
むしろ子どもには同情の、海賊には怒りの視線を向ける。
「任せたって下さい。
ほんまこんな子どもまで利用しようなんて、さすが下劣な奴らですわっ!
怖くて心細い思いしてるやろし、親分戻ってこんでも大丈夫ですよ。
付いててあげて下さい」
「おん。わかったわ。おおきに。
皆も気をつけてな。こんな奴らや。卑怯な手ぇ使うてくるかもしれへんし」
さすが心正しく優しい我が国民、我が部下…と、感動しながらスペインは戦場を後にする。
よもや今手に抱えているいとけない子どもが、その海賊の頂点に君臨するものだとは、夢にも思わない。
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