甘い甘いチョコレート。
今日はまるでそんな甘くも温かい一日だった。
嘘でもなんでもスペインに恋人として扱われ、夢のような時間を過ごせた。
でもそれももう終わってしまった…。
これで嘘でしたと言って回ったなら、もし次にこんな機会があったとしても、自分が恋人役に選ばれることはないだろう。
これで本当に最初で最後だ…。
湯気が目に染みて涙があふれる。
ぼやける視界の向こうで、スペインが心配そうに自分を覗きこんでいることに気づくと、イギリスは
「少し湯気が目に染みただけだ」
と、無理に微笑んでみせた。
――なあ…泣かんといて?te amo mi princesa(愛しとるよ、お姫さん)
と、その時、昼間と同じセリフが同じ甘い声音で囁かれる。
まるでフラッシュバックのように…現実とは思えない。
だって、もう演じる必要なんか無い。
そして昼間とは違う事。
二人きりしかいない家。
途中で止める者もなく、唇に重なる温かく柔らかい唇。
ぬるりと熱い舌が唇を割って侵入してくる。
甘い…甘いチョコレートの味。
大好きな…甘い味。
息もできないくらい貪られて、半分意識がとびかけた所で離れていく熱。
「…エス…パ…ニャ…?」
息苦しさと他のもろもろで潤んだ目で見つめれば、切なげに寄せられた眉の下、何かを訴えるようにグリーンの瞳が語りかけてくる。
「お姫さんの涙はいつやって俺が拭ってやりたいねん。
お姫さんを笑顔にするのはいつやって俺でありたい。
イングラテラの涙も笑顔も、構成する全てだけが、俺の心を満たしてくれるんや。
なあ、お願いや。今日だけやなくてずっと俺のモンになったって?
そうしたら俺も俺自身を構成する全て存在全部を自分にくれたるから…」
ありえない…こんな都合の良い事ありえない…そう思うのに、肯定の言葉も出てこないのに、でも否定の言葉を口にすることも勿体無くてできない…。
そんなイギリスの迷いを見透かしたように、スペインはさらに言い募った。
――te
amo mi princesa…親分を信じたって?親分に全部委ねたって?
と吐息とともに紡がれる言葉…近づいてくるグリーンアイ。
再び重なる唇にクラクラと目眩がする。
「…裏切ったら…殺してええよ。
もっとも逆に……」
長いキスのあと、少し薄暗い光を帯びた目をして続けられる言葉…
「…離れて行こうとしたら殺してまうかもしれんけど…。
一度手にしたらきっと手放してなんかやれへん。
離れるくらいならお姫さん殺して俺も死ぬ」
ああ…大丈夫なんだ……
と、100の愛の言葉より深い狂気にイギリスは安堵する。
ふわりと安心しきったように浮かべた笑みに、了承の意を汲み取ると、スペインは再度唇を重ねながらイギリスをひょいっと抱き上げると、そのまま寝室へと移動した。
――オーラ、確かに誕生日プレゼント受け取ったわ。日本ちゃん。
激しく何度も愛しあった後、自身は半身を起こして、気を失うように眠りについたイギリスの金色の頭を撫でながら、スペインは携帯の電源を入れる。
通話先は日本の携帯だ。
「それはようございました。…でも…わかってますよね?」
と、穏やかな中にも含まれる恫喝。
優しげな様子をしているが、こと世界の反対側に位置する親友のことに関しては容赦のなくなるこの国の事は、スペインもよく知っていた。
「わかっとるよ?むしろ何度も言っとるのにわかっとらんのは日本ちゃんのほうやない?
親分な…こう見えても執着心強いし手の中にいれてまうと手放せへんねん。
…例え自分の身を滅ぼすようなことになってもな?
他に渡すくらいなら一緒にアルマダの海にでも沈んでまうわ」
と、こちらも物騒な空気を匂わせた。
それに対して電話の向こうでは緊張が溶ける空気とともに、小さな笑い声が聞こえる。
それでスペインも緊張を解いた。
「自分ら…似てないようで、変なところで似とるんやな。
お姫さんも甘い愛の言葉並べるより、離れたら殺す的な言葉のほうが安心すんねん」
もちろん愛の言葉も脅しの言葉も嘘ではないのだが、後者を喜ぶなんて本当にこの島国達だけだと思って、太陽の国は苦笑する。
「甘いだけ穏やかなだけの言葉を信用するには、私達は少しばかり色々見過ぎたということですね」
と、電話の向こうの島国もそれにつられたように困ったように笑った。
時をさかのぼって、1ヶ月ほど前の二国間会議でのこと…持ちかけたのは日本の方だった。
長らく西の島国である親友が片思いをしている相手…。
そして目の前の太陽の国もまた片思いをしているという、いわゆる両片思いであることに、聡い日本は気づいていたのだ。
スペインの方をせっついてやるだけでも、くっつくだけならくっつくかもしれないが、その後を考えるとどうせなら速やかに周りに公認されたほうがイギリスも傷つく事なくすむだろう。
それならもうすぐ来るスペインの誕生日でも利用させてもらおうか…。
よしんばスペインがヘタレて周りにイギリスがからかわれることになっても、恋人の演技をしているのだと思っていれば傷つく度合いも少ない。
そう思って、お互いの誕生日プレゼントとして持ちかけた、イギリスの一日恋人のフリ計画。
「私は大事な親友のイギリスさんを幸せにしてくれる相手に託せれば嬉しいですし、スペインさんは…言うまでもないですよね?
一日限りの”フリ”から、永遠の本物への移行の仕方は、情熱の国、ラテン男の手腕にお任せしますよ」
と申し出れば、スペインは気づかれていたとは思っていなかったらしく、その申し出に一瞬驚いたようにポカンと呆けたがすぐ了承した。
まあ…スペインがあまりにヘタレるようなら任せられないので返してもらうつもりではあったが、あのいったん特別と認識したら愛情の注ぎようが尋常じゃない情熱の国に限ってそれはなかろうとは思っていた。
「さて…こちらは『その後二人は幸せに暮らしました。めでたしめでたし』となったようなので、暇になってしまった爺は孫の世話に勤しみますか。」
結果連絡がくるまでと起きて待っていた日本は、携帯を切ってそうつぶやくと、明日の帰国のためにベッドに潜り込んだ。
こうして2015年の2つの国の誕生日、無事に互いに互いのバースディプレゼントの交換が完了したのである。
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