そして…パタパタと軽い足音。
それを追うようにドスドスとした足音が聞こえ、
「イタリアっ!待たんかっ!!スペインもイギリスも逃げんっ!!」
とドイツの怒鳴り声が廊下に響く。
「ああ、ロマからメールいったんちゃう?」
と、スペインもそれに関しては知らないようで、ちらりと庭でせっせと働いている元子分に視線を向けて苦笑した。
そして…どうやらスペインのその予想は正しかったらしい。
ドイツを振りきってリビングに駆け込んできたイタリアは、二人してソファに並んで座る二人を見ると、ぱ~っと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「ねえねえ、スペイン兄ちゃん、イギリスと付き合ってるってホントッ?
ヨーロッパの中でさぁ、みんな攻めたり攻められたりしてたのに、二人だけいつまでも疎遠な感じで、俺心配してたんだけど、兄ちゃんからのメールで実は二人付き合ってるって聞いてさっ。
もしかして仲悪そうだったのってフリだったのっ?
本当は仲良しで良かったぁ~♪やっぱり皆仲良しが一番だよね~」
と、ふわふわと花が舞い散っているような可愛らしい笑みで言われて、毒気が抜ける。
あの激動の欧州を生き抜いてきたはずなのに、いつまでもふわふわと優しさと無邪気さの消えないイタリアはある種すごいとイギリスは感心した。
そして追い付いてきたドイツがそんなイタリアにげんこつを食らわせる。
「イタリア~!!お前は本当に落ち着きがないっ!祝いは述べたのか?!」
と怒鳴られても、あんなにヘタレと言われて臆病なイメージのイタリアなのに、全く怯える様子もなく、
「あ~、忘れてた~。スペイン兄ちゃん、Buon Compleanno!(誕生日おめでとう)」
と、その場でぴょんぴょん飛び跳ねている。
その邪気のない様子に深いため息をつきながらも、ドイツも
「スペイン、Gute Zum Geburtstag(誕生日おめでとう)。
これは俺から、そしてこっちはイタリアからの祝いの品だ。受け取って欲しい」
と、当たり前にイタリアの分まで持っていたらしい包みをスペインに差し出してきた。
「おおきに。まだほとんど来てへんからその辺に適当に座っといて」
と、それを受け取ってにこやかに言う。
「うん♪じゃあそうさせてもらうねっ」
とそこで当たり前に座ろうとするイタリアの腕を生真面目なドイツがグイッと引き上げて立たせた。
そして、言う。
「まだ時間も早いしやることもあるだろう。
兄さんを手伝って来たいのだが…どこだろうか?」
「あ~、別にええのに。でもプーちゃんやったらキッチンやで」
と、そう言いつつも言い出したら変えないであろうドイツを敢えて説得しようともせず、スペインがそう教えると、ドイツはイタリアを引きずりながらキッチンへと消えていった。
それをジ~っと見送るイギリスに不思議そうな目を向けるスペイン。
その視線に気づくと、イギリスはそれでも視線は二人が消えた方向に向けながら呟いた。
「あれは…信頼なんだろうな…」
「ん?なんのこと?」
「イタリアってな、すぐ怯えて白旗振って逃げるだろ?
でもドイツの事は怖がらないんだなぁと思って。
結構乱暴な扱いする事もあるしイタリアに話しかける時ってかなりの割合で怒鳴り声だけど、全然怯えてないだろ」
「あ~…そうやねぇ」
「信頼している相手だからこそ、キツイ言い方でも態度でも悪意じゃないって思えるんだろうな…」
自分はそんな関係を持つことは切望しながらも結局出来なかったから…と、うつむくイギリスの頭を引き寄せ、スペインはゆっくりとポンポンと肩を叩く。
「自分、思うとるよりも信頼されとるとは思うけど…それで足りひんのやったら、これからそういう関係作ったらええやん」
「…相手がいねえ。」
口をとがらせるイギリスに
「恋人やのに、信頼してくれへんの?親分悲しいわぁ~」
スペインは少しおどけたような笑みを浮かべて肩をすくめた。
その少しからかうような言い方にムッとして、イギリスが俯いたまま上目遣いに睨むと、スペインはニマリと笑いながら、褐色の指先をイギリスの顎にやり、クイッと上を向かせた。
「情熱の国の名にかけて、お姫さんの信頼勝ち取れるよう全身全霊を込めて守って癒して尽くしたるよ?」
と、そのまま覆いかぶさるように顔を覗きこむ。
え?ええ??
予想もしない展開にイギリスが大きな丸い目をぱちくりさせている間にも、憧れ、恋い焦がれた端正なマスクが近づいてくるが、あまりに急すぎて避けるなどという考えも思い浮かばないままイギリスはそのまま硬直した。
――…te amo mi princesa(愛しとるよ、お姫さん)
今にも唇同士が触れ合いそうな位置で甘い甘い吐息と共にこぼれ出る言葉。
吸い込まれそうに輝くエメラルド色の瞳に、動揺している自分が映り込むのをイギリスは呆然と見つめる事しか出来ない。
…あ…キスされる……
そのまま見続ける事ができなくて、イギリスがぎゅっと目を瞑った時、
「Nooooo~~!!!!!君たち何してるんだいっ?!!」
と、グイッと二人の間に大きな手が割り込んできた。
「あ…アメリカ……」
いつのまに来たのか全く気付かなかったが、そこには真っ赤な顔をしたアメリカが立っている。
「本当に君と来たらどんだけ流されやすいんだいっ?!本気でヒーローがついてないと…」
と言いかけたアメリカの手首を掴んでグイ~っと押しのけると、スペインは
「ノーセンキューやでっ。恋人同士の語らいの中にヒーローは要らんわっ」
と、ぎゅう~っとイギリスを抱きしめる。
「ちょ、君何言ってるんだいっ?!イギリスの事、放しなよっ!」
「い~や~や~!」
「そういうのセクハラっていうんだぞっ!フランスかいっ?君はっ!」
と、なにげに失礼なセリフを吐きながらさらに二人に伸ばそうとする手を、気配もなくそこに佇んでいた日本がソッと掴んだ。
「アメリカさん、スペインさんのおっしゃってる事は本当の事ですよ。
私もイギリスさんから打ち明けられた時にはずいぶん驚きましたが…今年私の誕生祝いの日にイギリスさんがいらっしゃらなかったのは、スペインさんの本当の誕生日を恋人同士だけですごすために早めに我が国にお祝いにいらして早めに辞されたからなのです」
静かに淡々とそう告げる日本に、アメリカはピキ~ンと固まった。
「…ほ…本当かい?」
おそるおそる…と言った風に聞いてくるアメリカに、羞恥でただただ赤くなるイギリス。
それをフォローするように、日本が袖口を口にあて、アメリカにボソっと何か耳打ちをする。
その後に移るアメリカの視線は昨日貼り薬にかぶれて赤くなって、ベルギーにあらぬ誤解を与えたイギリスの首元へ…。
ベルギー相手でもすごく恥ずかしかったが、元育て子に思い切り同じ事を思われていると思うと恥ずかしさも倍増でイギリスは涙目になったが、アメリカの方も涙目だ。
そこに更に追い打ちをかけるようにスペインが
「まあそういうことや。セクハラでも脅し取るわけでもなんでもなく恋人同士やから安心したってや」
と、イギリスの肩を抱き寄せ、イギリス自身もそれに特に抵抗を示すわけでもなく嫌悪を示すわけでもなく、されるままにされているのを見て、アメリカはグッと息を飲み込んだが、やがてぎこちない笑みを浮かべた。そして
「まあ…君は色々面倒で難しい人だけどね、君が幸せなら別にいいんだぞ。
ただし、スペインに何か嫌な事されたら言ってくれれば俺は世界のヒーローだからね、助けてあげるから言うんだぞ」
と、それだけ言うとクルリと反転して庭の方へと歩を進める。
日本は二人にペコリとお辞儀をすると、アメリカを追った。
「本当に…ヒーローらしい素晴らしい態度でいらっしゃいましたね」
初恋の終わりに飽くまでヒーローを貫いた青年をいたわるようにそう言うと、日本は、暑いですね…宜しければ汗でもお拭き下さい、と、ハンカチを渡してやる。
それを受け取ると、
「まあ…俺は皆のヒーローだからね、彼にばかり関わっているわけにも行かないし、寂しがり屋の彼の面倒を見てくれる相手が現れて丁度良かったんだぞ」
と、アメリカは鼻をすすりながらハンカチを目元にあてた。
(若さで押し切ってきたきかん気な少年が、挫折を経験してまた一歩素敵な青年への階段を登りましたかねぇ…)
日本は孫を見るような優しい目で思いがけず理性的で思いやりある態度を貫いたアメリカを見ながら、このあと自宅に招いてヘルシーで美味しいものでもふるまってやろうと、ひそかに思った。
その後も続々と祝い客が訪れて、いずれもスペインの横のイギリスに驚き、数ことの言葉をかわして庭へと向かう。
オーストリアにエスコートされてかエスコートしてか一緒に駆けつけたハンガリーなどは目をランランと輝かせてなかなかきわどいものも含んだ質問責めを始め、オーストリアにレディが少々お下品ですよ?と咳払いで諭され、一番近くにいたためにそれとなくイギリスの気持ちも察していたカナダなどは、まるで自分のことのように喜んでふわりふわりとした笑みを振りまいて、イギリスは良心をチクチク痛める事になった。
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