そして来客第一弾。
…と言っても、微妙にお手伝い風味だろうか…。
「Gute Zum Geburtstag!(誕生日おめでとう!)今年も来てやったぜ~!」
「Joyeux Anniversaire!(誕生日おめでとう!)何か手伝う事残ってる?」
ドアベルの音にスペインが走りだしていった玄関では聞き慣れた声が響く。
「「で?恋人は?」」
の言葉で、なるほど、恋人もどきを探した原因はこいつらだったか…と、イギリスは納得した。
どうせ3人で飲んでいてそんな話になったのだろう。
「あれだけ自慢しといて来てねえとかはないよな?」
とのプロイセンの大きな声。
それに対するスペインのまるで本当に恋人を迎えているような蕩けるような声もここまで聞こえるくらい大きい。
「もちろんやで~。昨日から泊まっとるんや。
ほんまの誕生日はお姫さんと二人きりで祝ったんやで~」
「ほ~~。相手は国だよね?
じゃあ日本ちゃんの誕生日には来てなかった国ってことね」
と、フランスの声が近づいてくる。
自分ともスペインとも交流の深い二国だ。
こいつらを騙せるかが一番の問題だ…と、イギリスはドキドキしながら廊下を歩いてくる二人を待つ。
「今支度手伝ってるのか?」
チラリと窓から庭を覗くプロイセンに、スペインがまたデレデレとした声で
「それがな~昨日の夜無理させすぎて、腰痛めてもうてリビングで休んどるんや。
ベルギーにもロマにもええかげんにせえってめっちゃ怒られてもうたわ~」
という言葉に、イギリスは羞恥のあまり頭を抱えた。
いや…嘘ではない。スペインは嘘をついてはいない。怒るに怒れない。
確かに昨日無理に力仕事をしすぎて腰を痛めたわけだが、二人共そうは取らないだろう。
そして…むしろイギリスが本当の事を言っても言い訳としか取らず、からかってくるに違いない。
「へ~、熱々じゃない。
お前そう言えば遊び相手はいっぱい作ってたけど恋人の話って本当になかったよね」
「そりゃあ…本命は隠しとかな。邪魔されるやん」
「…お前って…あけっぴろげなくせにそういうとこあるよな、昔から。
本当に大事なモンて誰にも見せずに抱え込んでおくっつ~か…」
「で?なんでいきなり自慢する気になったのよ?」
「ん~、ずっと秘密でつきあっとったんやけど、最近なんや親分のお姫さんにちょっかいかけようとする輩が多くなってきてなぁ。
ここらでちゃんと親分のやでって言っとかなあかんかな~って思うてん」
「ふ~ん?まあ、あれだよね。
西側の国だったらもう国家間の事情で仲良くしてるのがまずいって事にはならないもんね」
「そうやろ~」
そんな会話が廊下の向こうから近づいてくる。
ああ…逃げたい。
せめてフォローを入れてくれるであろう日本が先にここについていれば…。
そんなことを考えていても当然おそらくアメリカあたりとゆっくりと来るであろう日本が突然現れることはなく、話し声はもうリビングのすぐ側まで近づいてきた。
「じゃ、とりあえずお兄さんキッチンで盛り付け組かな。プーちゃんは力仕事ね~」
と言いながら開くドア。
一応カジュアルながらも少しだけかしこまった服を着たフランスとプロイセンが入ってくる。
「………」
「………」
「……え?」
固まるフランス、プロイセン、イギリスの3人。
そこで唯一いつも通りの…いや、いつもならこんな風にイギリスに笑顔を見せたりはしないスペインが、甘い甘い笑みを浮かべながらイギリスに近づいてきて、ぎゅうっと頭を引き寄せると、ちゅっとそのつむじに口付けた。
「イングラテラ、調子どない?手伝いが二人来たから、親分もここにおるからな~。
辛かったらベッドまで運んだるから言い?」
そう言って当たり前に隣に座るスペインに、フランスとプロイセンが悲鳴をあげた。
「ね、坊っちゃんとか言わないよね?」
「イギリスとお前って犬猿の仲だったよな?!つか、恋人ってどこだよ?」
ワタワタと二人が慌て出すのに、イギリスは返って冷静になってくる。
「…俺で悪かったな」
ブスリと言うと、プロイセンが駆け寄ってきて、焦ったようにイギリスの前に膝立ちになった。
「悪くねえけどっ…悪くねえけどなっ。
お前このラテンに騙されてたりしてねえ?!
何か脅されてたりするんなら、俺様に言えよ?
確かに俺様亡国だけどルッツに言えば大抵の事は……」
と、すごい勢いでまくし立てるプロイセンの言葉は、
「プーちゃん…誕生日の人間相手にあんまりな事言わんといてや」
と、黒い笑みを浮かべながらテーブルにあったリンゴを思い切りプロイセンの口元に押し当てるスペインに遮られ、逆に
「スペイン…お前…また何か騙されてない?
坊っちゃんも…今のスペインなんて騙しても何にも出てこないよ?
出てきてもトマトとおやつとご飯くらい?
それくらいならお兄さんが仕方ないから美味しいもの作りに日参してあげるから。
もう可哀想な事やめときなさい」
と言うフランスには、スペインの手で豪速球で投げられたトマトが、何故か硬球並みの効果を発揮したらしく、腹に当たって哀れ壁まで吹き飛ばされた。
「プーちゃんはまだええわ。親分の事あれやこれや言うまでは許したる。
…でも今度親分のお姫さん貶めたら悪友かて命ないで?」
一気に氷点下まで冷え込んだような空気。
あまりの殺気に当のイギリスまで硬直するが、それに気づいたスペインがすぐにこりと柔らかい笑みを浮かべて隣を振り返る。
「見苦しいモン見せて堪忍な。
そんなに怯えんでもアホな事言うやつ以外にはなんも怖いことないで?」
と、ちゅっちゅっと顔中にキスを落とすのを至近距離で呆然と見上げるプロイセン。
「マジ…か。すげえ意外だったけど…。
スペインお前、ちゃんと本気で、なんにも企んだりはしてねえんだな?」
と念を押すように言う目は真剣そのものだ。
「おん。当たり前やん。
世界を敵に回したって親分、お姫さん傷つけさせたりせえへんで?
ましてや自分が何かひどいことするなんてありえへんわ。」
と、こちらも笑みを消して真剣な顔で答えるスペイン。
「…ん…わかった。じゃ、俺様酒を庭に運べばいいか?」
一瞬考えこんで、しかしプロイセンは静かに立ち上がる。
「おん、頼むわ~」
と、それにヒラヒラと手を振って応えるスペインに頷くと、プロイセンはまだ壁にもたれ掛かっているフランスの襟首を掴んで、かつて知ったるとばかりに一緒にキッチンの方へと消えていった。
こうして二人を見送って、まだ自分の肩を抱いているスペインを振り返る。
「…あれ…信じたと思うか?」
と、小声で聞けば、
「一応は…やな。でも二人共勘はええ方やから気を抜かんようにせんとな」
と、スペインはキッチンの方へとチラリと視線を向けて、さらにイギリスの身体を引き寄せた。
それでイギリスもそちらに視線を向けると、ドアのあたりでウロウロとこちらの様子を伺っているらしいフランスに気づく。
ああ、確かに今までが今までだし、プロイセンはとにかくとして、フランスは自分の事を知りすぎていると思う。
フランスを出し抜く…そう思ったらイギリスとしての血が妙に騒ぐのは、もう昔からの習性だ。
絶対に信じさせてやるっ。
「スペイン…」
と、スペインの首に腕を回して引き寄せると、イギリスは自分からスペインを抱きしめる。
もちろんスペインとてフランスの視線は意識しているのだろう。
「なんや、イングラテラは甘えん坊やなぁ。
でも今はあかんわ~。あんま可愛え事されると、親分昨晩の続きしたなってまうやん」
と、くすくす笑って抱きしめ返してベルギーが貸してくれたスカーフを取ると、首筋に直に顔を埋めた。
楽しげなスペインの様子もあいまって、過去の歴史のかなり長い期間ずっとフランス側にいて遠くから見ていたスペインと、今自分が対フランスの共犯者だと思うと、すごく楽しい気分がこみ上げてくる。
「お前…限度なさすぎだ、ばかぁ」
と、少し拗ねたように膨れつつも甘えた言葉を吐き出せば、スペインが蕩けそうな甘い笑みで
「堪忍なぁ。でも自分が可愛すぎるのが悪いんやで?親分の大事なお宝ちゃん」
と言って、本当に優しい手つきで動かすと痛む腰をするりと撫でる。
「昨日は無理させすぎたな。かなり痛むん?」
「…動かなければそうでもない……」
「ほな、今日は親分がお姫さんの用事は全部やったるさかい、ゆっくりしとき」
「フラン~、手ぇあいとったら出たって~」
と、そこでリビングのドア近くにいるのを知りつつもイギリスから目を離さず、気づかないフリでキッチンに聞こえるくらいのトーンで叫ぶスペインに、気配がサッと消えて、すぐ、
「はいはい。人使い荒いんだからっ」
と、いつもの調子のフランスの返事が返って来て、玄関の方へと向かう足音がする。
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