実は子どもが出来たんだ_1

――実は子どもが出来たんだ


昔々、それこそ数百年も昔には結婚もしていた。

相手が子どもだったので性的ななんちゃらは全くなかったが、不器用な性格も愛らしい容姿も全て好みのど真ん中をついていて、結婚時代はそれはそれは慈しんで可愛がって過ごした。

それから国同士が決裂してしまって二人の距離も開いてしまったが、実はずっと好きだった相手が今自分に衝撃の告白をしている。



え?え?子ども?子どもって何?
まさかイングラテラにやないよな?

確かに…確かにイングラテラの子どもやったらめっちゃ可愛えと思うけど…なんで親分に?!



交換した記憶のないメールアドレスで、いきなり話があると呼び出してきたのはなんと愛しの元花嫁だった。

数百年たった今でも変わらない、どこか不安げな印象を与える大きなグリーンアイを潤ませて、薄桃色の小さな唇を噛み締めている様子は痛々しくも可愛らしい。


待ち合わせのカフェでスペインがその正面の席に座り、コーヒーを注文したウェイトレスが軽く会釈をして離れて行くと、何度か口を開いては閉じを繰り返したあとに、ぎゅっと目を瞑って言った言葉が冒頭の一言だった。

握りしめた白い手が震えている。

イギリスは緊張した面持ちでおそるおそる目を開くと、震える手でティーカップを口に運んだ。
手の震えのせいか少し口の端についたその白さで、初めてそれが紅茶ではなくホットミルクなことにスペインは気づく。


ああ…紅茶やないんやな。

と、いつもいつも紅茶のイギリスがあえてカフェインを避けているあたりで、今イギリスが言ったのは、不思議な事だが本当にイギリス自身が何故か身ごもったと言うことなのだろうと理解する。

そんな風に情報を頭の中で整理していると、その無言をどうやらおかしな方向に取ったらしい。
イギリスの大きな目からポロリとあふれた涙が白い頬を伝った。


「…い…一応、父親だし報告しておこうと思っただけで、お前に…迷惑はかけないから…」

歯の根が合わずカチカチとカップに歯があたる音がする。


…が、そんなことはどうでもいいっ!
今イギリスはなんと言った?!


『一応父親だし…』
父親だし…父親だし父親だしぃぃ~~?!!!

本当に?と疑ってみるとか、いつ?と確認してみるとか、そんな事よりまず先に身体が動いた。


そんな寒そうな格好しとったらあかんやんっ!!

と、スペインはまず立ち上がると自分のコートを脱いで、ジャケット一枚のイギリスに羽織らせると、ウェイトレスを呼んで、屋外の席から屋内の席に座席を変えてもらう。
もちろん禁煙席だ。


とりあえず腹はまだ目立ってないということは安定期には入ってないということだろう。
「え~っと、まだ安定期ではないやんな?どのくらいなん?」

考えながら走るスペイン人の性急さにぽかんと口をあけて呆けていたイギリスは、その言葉にハッと我に返ったようだ。
驚いた顔のままスペインに視線を向けた。

「堕ろさないぞ?」
当たり前やんっ!!

いきなり思いも寄らない返答が返ってきてスペインは思わず声を荒げたが、慌てて

「…怒鳴って堪忍。…大丈夫か?」
と、椅子を引いてきてイギリスの隣に座って肩に手をやり、顔を覗きこむ。

そしてコクリと頷くイギリスに安心して、ホッと息を吐き出した。



「でもなんで大事な可愛え自分の子ども死なせなならんねん。
とりあえず安定期入ったらうちの国でちゃんと籍いれるで。
それまではうちにおいで。そんな身体で一人なんて危ないわ」
と、さらに続けると、イギリスは戸惑ったように眉を寄せる。

「…お前酔ってたから…覚えてないかもだし…そんなつもりなかった…だろうし……」

語尾がだんだん小さくなっていくのが痛々しい。
きっと今まで一人で悩んでいたのだろう。

と同時に”酔っていた”という言葉で思い出す。




2ヶ月くらい前、世界会議後の飲み会で、その日の会場は宿泊先のホテルだったこともあり、みんな盛り上がって結構潰れるくらいまで飲んでいた。

もちろんスペインもその一人で、翌朝部屋のベッドで目覚めたのだが、どうやって部屋まで戻ったのか記憶に無い。


そうか…あの時やらかしてもうたのか…。

いや、結婚して数百年後のようやくの初夜を覚えてないって、なんてもったいない事をしたんやっ!と、そんなスペインの脳内の葛藤をまたイギリスは後ろ向きに捉えたらしい。

「…ホントに…俺とのなんて嫌だろうし、別に俺一人で…」
「ちゃうわっ!もう、なんでそうなんねん、この子はっ!」

さすがにこの場で抱きしめたら、人目を気にする質のイギリスは怒るだろう。
ああ、もうこの感動の場面でいちゃつけ無いなんて…と、スペインは黙って伝票を取って立ち上がると、イギリスの腕を取って同じく立ち上がらせる。

「とりあえず人目もあるし、部屋取るで」
と、有無を言わせずタクシーに乗り込むと、近くのホテルに直行して部屋を取り、部屋に落ち着く。

「大丈夫?気分悪ない?」
と、青い顔をしているイギリスに着せたコートを脱がせてハンガーにかけ、ついでにジャケットも脱がせてやる。

空調の効いた室内なので寒くもないだろうし、カフェイン抜きの温かい飲み物がなかったので、冷蔵庫からミネラルウォータを出してグラスに注いでイギリスに渡すと

「とりあえず飲んで少し休み。話はそれからや」
と、自分のためにはコーヒーを淹れた。


ああ、この子との初めてを覚えてないのは非常に残念だが、それでも数百年の時を経てこの子と再び家族として慈しみ合えるなんて、夢のように素晴らしい出来事だ。

「誤解されとるみたいやから言っておくな?
俺は数百年前の昔、神さまの前で永遠を誓うたあの日から、イングラテラを唯一の花嫁やって思うて生きてきたんや。嫌うてるなんてありえへんよ。
今でも気持ちはあの頃のまま、ほんま愛おしい思うてるし、ずっと伝えたかってん。
国のいざこざで言えんようになって、でも今こうしてまた二人一緒に居られるきっかけが出来たのも、神さまのおかげかもしれんなぁ…」

スペインはチュッと胸元の十字架に口づけて、ベッドに腰を掛けているイギリスの隣に座った。

「親分出来る限りの事したるからな。身体大事にせなあかんよ?
子どもはめっちゃ嬉しいけど、イングラテラが元気で無事でいることが一番の前提やからな?」

細い肩を引き寄せてこめかみに唇を寄せて言えば、イギリスはひどく焦ったようにスペインを振り返って言った。

「あの…スペイン…実は……」


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