ポフンとどこか柔らかい場所に降ろされた感触に目を開ければ自分が降ろされたベッドを囲むように一面の赤いバラ。
現実感がない。
ああ、そうだ、現実じゃないんだ。
これは妖精さんが見せてくれている幻なんだ…。
「なんやわからんけど、これも魔法なんか?
こっちやったら事情わかった医者呼んだれるわ。
今電話するから休んどき」
チュッと額に口づけて寝かせようとするスペインの手をイギリスは掴んだ。
「医者…呼ぶような事じゃないから…それよりこれは?」
一面の薔薇に目を向ければ、スペインは少し困ったように綺麗な形の眉を寄せる。
そして一瞬迷って結局取り出した携帯を閉じてサイドテーブルに置いた。
そして同じくテーブルに置いてあった先ほどの薔薇の花束を取る。
「赤い薔薇の花言葉は愛情…熱烈な恋…あなたを愛します。
11本の薔薇は最愛。親分の気持ちや」
と、イギリスの手にそれを握らせた。
その端正で甘いマスクは、憧れて憧れて恋い焦がれた、あの頃となんら変わりはない。
「500年…世情で離れて過ごさなあかん時期が続いたけど、もうええ加減やから、大事な大事な花嫁を迎えに行ったんやけど…。
ここは自分を連れ帰ろうと思ってた親分の別荘や。
なんで急に飛ばされたんかわからんけど。
周りの薔薇は999本。【何度生まれ変わっても貴方を愛す】。
ずっと想い続けてた親分の決意やで?
何度引き離されても親分はイングラテラの唯一の夫で、イングラテラは親分の唯一の妻や。
これは500年前、神さまの前で誓うた事なんやから、誰にも変えられへん。
永遠に変えられへん事や」
そう言ってスペインはイギリスの手を取ると、チュッと恭しくその指先に口付けた。
「…永遠…に?例え離れても?」
ずっとずっと…それこそ切望していた言葉だった。
もうダメだ…と、海賊を使って欺くと決まったあの時も…まさにそれを切望し…でも諦めた。
諦めたはずだった。
「そうやで。何度引き離されても絶対に迎えに行ったるよ」
と、その言葉で何かが決壊した。
「…好き…好きだ…エスパーニャ…」
うわ言にようにこぼれ落ちた言葉に、スペインの目が大きく見開かれた。
そして、次の瞬間破顔する。
「親分も愛しとるよ。世界中と引き換えにしてもかまへんくらい。
何度引き離されても…言うたけど、前言撤回や。
二度と引き離されたりさせへん。
引き離そうなんてするもんがおったら、誰やって容赦せえへん」
可愛え、可愛え、親分のイングラテラ…と、囁かれる声は、あの頃とあまりに変わらなくて、妖精達が見せてくれているのであろうこの世界で一番幸せな夢が覚める前に死んでしまいたい…そう思った。
その広い胸にすがりついて泣いて泣いて泣いて…そのまま泣き寝入りをしてしまったらしい。
温かい……随分と懐かしい温かさだ。
頭の下にはしっかりと筋肉のついた腕。
引き寄せられた胸元に習慣で寝ぼけ眼で頭を擦り付けると、小さく身じろぐ気配がして、体に回されている腕がポンポンと背を軽く叩いた。
「…もう少し寝とき……もうちょっとしたら飯作ったるから…」
と、寝起きの掠れた声はやっぱり変わらず、しかし飯を作る…あたりの台詞に違和感を感じる。
あの頃は覇権国家だった夫は当然自分で食事を作ったりはしなかった。
え?なんだ?どうなってる?
なんだか記憶が交差している。
今はいつだ?
え?え?
夢??
いや、起きてる?
目の前には褐色の肌。
そ~っと顔をあげてみれば、まだ少し眠そうな端正な顔。
「どないしたん?」
と、柔らかく微笑まれてパニックを起こす。
「目ぇ覚めてもうたんならしゃあないな。ちょっと待っといてな。飯作ったるわ」
と、くちづけがふってきたのは唇にだ。
え?…と思わず唇に手をやって気づく。
薬指に金のリングがはまっている。
マジマジとそれを見つめていると、その手を取られてちゅっとリングのはまった指に口付けられた。
「あの頃は指輪やっとらんかったからな。今更やけど贈らせてな」
言われた瞬間に脳みそがついていけなくなったらしい。
イギリスの意識は再び真っ白な夢の世界へと旅だった。
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