どうする…アメリカがあんなに喜んで帰ってしまったあとに、今更出来ないなんて言えるはずがない。
どうするよ、俺ぇぇ~~。
アメリカが帰った後、イギリスは一人自宅で頭を抱えた。
せめて500年くらい前なら、愛の告白の一つくらいは出来ただろう。
なにしろ形式上とはいえ、結婚までしてた仲だ。
あの頃はベタベタに可愛がられていたから、自分が気恥ずかしいというのを別にすれば無問題だった。
が、今はどうだ。
あの有名な海戦でかの国を陥れてから、ロクに目も合わせられずに数百年。
他にも喧嘩したり多少小狡い手を使って蹴落とした相手はいるのに、かの国に対してだけ未だそれを引きずっているのは、やはり……
「特別…だったんだよなぁ…」
イギリスは肩を落としつつも茶器を片付け始める。
相手は強くてカッコよい覇権国家…かたや自分はようやく国としての体裁を整え始めた弱小国のちんちくりん。
思えば結婚した当初の自分達はどう見ても釣り合っている夫婦とは言いがたかった。
実際…スペインの王女と入れ違いにスペインへ嫁ぐ事になったイングランドの船は、王女の輿入れの際の船とは比べ物にならない粗末なもので、道中、なんと故障して動かなくなったなんて事から結婚が始まっている。
ありえない…。
何がありえないって覇権国家様に輿入れするのに、そんなボロ船しか出せない自国がありえなかった。
しかし動かないものは修理するしか仕方ない。
幸い岸は近かったため小舟を出して修理の間少し到着が遅れるという使いを出して、さぞや呆れられるだろうと思ったら、数時もしないうちに大きく立派な船が近づいてきた。
そこから橋が渡され、まっさきに渡ってきたのは、黒衣に同色のマントを翻した若い青年。
太陽を背にキラキラと輝いて見えたその青年は、迷わずイングランドに手を差し伸べた。
「道中大変やったな。ちゃんとこっちが迎えに行ったったら良かったやんな。
堪忍な。心細い思いさせたな」
ぎゅうっといきなり抱きしめられて額に落とされる口付け。
温かくて強く頼もしい…そんな腕の中で呆然としていると、あれよあれよと抱き上げられて、スペインの大きな船に運ばれた。
そこからはもう、それまでの人生で考えられないほど山のように降り注ぐ優しい言葉。
生まれてからずっと与えられずにいた愛情を一度に与えられたような時期だった。
そんな状態だったから、国が敵対すると国民から告げられた時、目の前が真っ暗になった。
元々冷たい相手から冷たい態度を取られるのは仕方ないと思えるが、あの優しく可愛がってくれた相手からそんな態度を取られるのは耐えられる気がせず、確かずっと逃げまわった気がする。
…それは現在進行形で………だからこそ他国と違って未だ終わらない。
そう…仕事以外では普通の会話すら満足にできてないのである。
そんな状態で愛の告白?
なんの無理ゲーだ…。
そんなことを考えながら茶器を洗い終え、食器棚にしまっている時にメールの受信音がなる。
まだ何か仕事が残っていたのか…と、携帯を覗いてみれば、なんと当のスペインではないか。
大切な話がある?
二国間で今何か抱えてる案件があっただろうか…。
それでもスペインが自分に話なんて、仕事以外にはありえない。
一瞬オフィスの方に…と思ったが、それはそれで大げさな事になってかえって滞在時間を長引かせる。
それに…どうせならアメリカに頼まれたペナルティ課題を終わらせてやろう。
オフィスではさすがにそんな茶番は迷惑だ。
とりあえず自宅で告白して…どうせ相手にされないのはわかっているから、事情を話して謝ろう。
軽蔑の眼差しを向けられるだろうか…。
いや、どちらかと言えば面倒くさそうにさっさと帰ってくれるかもしれない。
ズキン!と痛む胸。
今更向き合う事になるとは思わなかった想いにイギリスはその場にへたり込んだ。
想像すると悲しすぎてめまいがしてきた。
そしてメソメソと泣いて泣いて泣きつかれた頃、タイミング悪くなるチャイム。
相手が誰であろうとこんな顔では出られない…と、無視していたら足音が聞こえてくる。
ああ、妖精さんが鍵を開けたのか…とすると、髭あたりか。
よし、殴ろう。
焼いてきているであろう菓子はちゃんと避難させた上で。
そんな事を考えているうち、足音はキッチンの入り口で止まった。
「…髭?」
と、顔を上げるとそこにはありえない光景が広がっている。
きっちりとタキシードを着て綺麗な赤い薔薇の花束を持って佇むスペイン。
あ…カッコいい。
こいつやっぱり黒似合うよな。
色合い的にも黒と薔薇の赤が絶妙だし。
そっか…これは泣いている俺を慰めようと、妖精さんが出してくれた幻か。
グッジョブ!妖精さん。
ニコリと…でもどこか不機嫌さを漂わせて浮かべる笑みですら、苦みばしっていてカッコいい。
よもやその笑顔の裏で、目の前の男がフランス抹殺計画をたてている事などイギリスは知らないし、知っていたとしても気にしないだろう。
とにかく、ああ、もうどんな表情をしていても、カッコいいと思ってしまうあたりが重症だ。
しかし不機嫌な顔は本当にほんの一瞬。
次にキッチンにへたり込んでいるイギリスを目に止めると、エメラルドのような瞳が驚きに見開かれ、それから悲痛な表情になる。
そんな顔もやっぱりカッコいいけど、お前どうしたんだ?何があったんだ?と、聞こうと思った瞬間抱きしめられた。
え?ええ??
「イングラテラっどっかしんどいん?!辛い?痛い??」
矢継ぎ早に聞かれるが、こんな状態で答えられるわけがない。
久々に感じる体温…温かい……。
冬の冷たい空気の中来たっていうのに、何故かお日様の匂い。
数百年たってつけている香水は変わっているのに、この男自身が持つ匂いは変わらない。
懐かしくて…胸が締め付けられる。
妖精さんはきっと自分を慰めるために幻影を出してくれたのだろう。
でももう失ってしまったとわかっているものの幻は残酷だ。
――痛い…胸……
妖精さんに隠し事をしても仕方ない。
シャクリを上げながら言うと、慌てて大きな手が胸に当てられる。
心臓が止まるかと思った。
「どんな風に痛いん?親分に教えたって?」
と心配そうに顔を覗きこんでくる様子はまるで遠い昔、その手の中に居た頃そのままで、そんな懐かしい空気をもう少し味わっていたくて、イギリスは軽く目をつむり、その広い胸板にコツンと頭を預けた。
体が宙に浮く感覚。
昔は疲れた時、眠い時、よくこうやって横抱きにして運んでもらったものだ。
妖精の道が開く気配がする。
どこに行くんだろう……。
0 件のコメント :
コメントを投稿