勇者プロイセン
「閣下、この辺りで野宿しやすか?」
小人族のトリックは俺様が頷くと、では…と、手早くそのあたりの草木を3平方メートルほど刈り込んで場所を作り、折り畳み式のテントを張り始める。
相変わらず良い手並みだ。
こいつを仲間にして正解だった。
さて、今の俺様は世界を救う聖騎士だ。
銀の鎖帷子の上に十字章の刺繍の入ったサーコート。
俺様カッコよすぎだろっ。
おそらく女の従者なんかつけた日には俺様に見惚れて仕事にならねえ。
だから男の従者をつけて正解だ。
いや、違うぞ。こいつしかいなかった…なんて事では決してねえ。
事の起こりは世界会議。
いつものようにフランスの馬鹿がイギリスにちょっかいかけて、ルッツの邪魔をしやがるんで、俺様が華麗にそれを諌めつつフランスの頭を狙ったペンは、奴が避けたせいで、一路内職にいそしむスペインへ。
やばっ…と思ったものの、そこは腐っても元武闘派覇権国家。
普通に避けてくれた…と思ったら、なんと内職中の花にペン先があたって、赤いカーネーションに黒い染みが広がった。
今度こそやばいっ…とは思った。
けどよ、そもそも会議中に内職してる方が悪いだろうよ、と、思っていると、ブチ切れた奴はなんと会議室のでかいテーブルをいきなり俺様めがけて投げてきやがった。
うぉぉ~~!!!!!
と、避けようとした瞬間、何故かものすげえ光が俺様を包み………
そして召喚されたわけよ、この剣と魔法の世界にな。
まあ一足飛びってわけじゃなく、最初、いきなり包まれたまばゆい光の中から現れたのは敬愛すべきフリッツの親父。
辺りにはなんにもなく真っ白な空間だったから、俺様てっきり天国になんか召されちまったのかと思ったらそうじゃないらしい。
親父いわく、どうやら世界を水没させようとしている神を止める交換条件として、この世界の魔王を倒さねえといけなくなったらしい。
もちろん親父はそれをやってくれるのは俺様しかいねえと信じて俺様を召喚したってわけだ。
それでその時に親父が用意してくれたのが、このイケメン聖騎士装備である。
この装備こそが勇者の証。
この剣と鎧を装備していれば魔王の間の扉が開くらしい。
伝説の装備を纏う勇者、俺様まじカッコいい。
ということで…世界に必要とされ、親父様に呼び出され、
【聖なる勇者ギルベルト様、爆・誕・っ!!】ってわけよ。
こうして親父の頼みで剣と魔法の国で魔王を倒す事になった俺様だったが、親父からもう2つ情報。
この世界には俺様だけじゃなく、あの会議に出席していた他の国々も召喚されている。
また、神からの褒美で、魔王を倒した者は別に何か一つ願いを叶えてもらえるっつ~事だ。
もちろん俺様がそんなものに目をくらんで親父の期待を裏切るような事をするわけはない。
目的は水没を止めることだから、くれぐれも小事の前に大義を見失わないように…と、手を取って頼む親父に、きっちりと言ってやった。
『ああ、任せろ、親父っ!俺様が絶対に魔王を倒してやるっ!!』
と、請け負ったのが1月ほど前のこと。
ということで装備だけを親父にもらって最初の街に放り出されたんだが、金がねえ。
もちろん、他にもとりあえず必要だろうと思われるモンも何も持ってなくて、どうすっかな~と、さすがの俺様も途方に暮れた。
しかし、何もなくても俺様は勇者オーラを放っていたらしい。
あてもなく街中うろついてた時に声をかけてきたのが小人族のトリックだ。
いわく、最近世界のあちこちで魔王を倒す勇者候補が現われている。
そいつらはどこか人とは違うオーラを出していて、自分には俺様がその勇者候補だとわかるのだ。
だから魔王を倒すなら連れて行って欲しい。
この世界の事も色々教えるし、雑事もできるので邪魔にはならない。
とのことだった。
いきなり怪しいと思わないでもなかったが、実際、この世界の住人であるトリックは色々詳しかったし、申し出を断って一から自分で調べて基盤を作るには時間がかかりすぎる。
それにトリック自身の目的として、自分はジョブとしてはシーフなので魔王を倒す事は出来ないが、魔王城の中の財宝や、勇者の従者として付き従ったという事実が、自分の今後の生活に非常にメリットになるのだと言われれば、なるほどと思わないでもない。
まあ油断しなければ何かあってもこんな小男くらい叩きのめせない俺様じゃねえし、そもそも数ある国の中で軍国プロイセン様に声かけるっつ~のが見る目あるじゃねえかっ。
そんな程度の感覚でとりあえず随行を許したわけなのだが、これがなかなか役に立つ。
街にいる間はこいつがまず二人して冒険者ギルドに登録する事を勧めるので登録した。
そして仕事を請け負って路銀を稼ぐと共に、鈍っていた剣の腕のリハビリ。
自分で言うだけあって大きなモノをしとめる攻撃力はないが、戦闘での撹乱などの支援はもちろんのこと、罠の解除や薬草の知識、道中の食料の確保など、戦闘以外でも多岐に渡って役に立つ。
性格も抜け目はないが、二人で野宿の時などは、俺様の吹く笛の音に合わせて景気良く歌ったり踊ったりなど、なかなか陽気で憎めない一面もあった。
まあ俺様はどうせ魔王の財宝など要らないわけだし、戦闘となればそれほど役にたつわけでもねえから、別に城に入ってすぐ逃げだしてくれても構わない。
そう思えばなかなか良い旅の連れだと思う。
こんな感じで俺様達は半月ほど最初の街で路銀を稼ぎ、旅に必要な物を買い込んだあと、街を出て魔王城を目指し始めた。
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