虚像と葛藤
「そろそろ行くで?」
翌日の昼過ぎ…街中に惜しまれながらも、アリスの実家に帰るのだと言う名目で最初の地であった城塞都市を後にしたスペインとイギリスは、鍵をもらうきっかけにもなった花畑で一休み。
宿の親父が持たせてくれた心づくしのランチを堪能して、さらに先を急ぐ事にする。
ご機嫌で花冠を作っているイギリスに出発の声をかけつつ、スペインが当たり前にイギリスの荷物まで手にすると、イギリスは不思議そうに首をかしげた。
「なあ、今日はどうしたんだよ。なんでお前俺の分の荷物までもってんだ?」
そう、なんだか今日はスペインが優しい気がする。
当たり前にイギリスの荷物を持ち、歩調を合わせ、モンスターが出れば当たり前に背にかばって戦う。
出会ってこのかた、スペインが自分にこんなに優しかった事はないんじゃないだろうか…と、イギリスが首をひねると、スペインは、はぁ~っと頭上で息を吐きだした。
「しゃあないやろ。自分女の格好しとるわけやし、男に対するようにふるまっとったら万が一誰かに会うた時に疑われるやん。」
ツキン…とその言葉に何故か痛みを感じた気がして、イギリスが思わず片手で胸元を押さえると、スペインはハッとしたように荷物を放り出して、イギリスの前にしゃがみこむ。
「どないしてん?なんか昨日ので痛くしたか?歩けるか?」
まるで慈しんでいる子分に向けるような優しい視線。
綺麗なエメラルドの瞳が心配そうに揺れるのをイギリスは不思議に思いつつ見あげた。
気分が悪い…そう言えば優しくしてもらえるのか?
一瞬そんな思いが脳裏をよぎり、しかしすぐ心の中で否定する。
自分は国だ。
みんな心を開いて弱みを見せれば攻撃してきたじゃないか…。
そんな事を思い出すとどうにも悲しさがこみ上げて来て、イギリスは唇を噛みしめて泣きたい気持ちを堪えて
「…別に……」
と、首を横に振った。
その言葉にスペインは少し眉を寄せて考え込む。
そして何故か拾い集めた荷物を一つにして、紐で縛ると背にくくりつけた。
そうしておいて、座りこんだままのイギリスの膝裏に手を入れ、ひょいっと抱き上げる。
え?ええっ??
「ちょ、なんだよっ!!」
慌てて足をバタバタとしつつ身をよじるイギリスに、スペインは全く動じる事もなく
「暴れると落ちるで?」
と、そのままスタスタと歩き出す。
「降ろせよっ!!」
「いやや~。親分が魔王のとこに辿りつけるかどうかは自分にかかっとるんやから、無理させて倒れられても困るしな。」
と、その言葉にイギリスはピタッと抵抗をやめた。
…そう…だよな……。
俺達は二人じゃないと魔王の城の扉は開かないから……。
万が一にでも他に魔王を倒されて変な事を願われたら、EUが…しいては、こいつの可愛い子分も困る事になる可能性があるわけだし……
「どないしたん?」
急に静かになったイギリスに、かえって心配そうにスペインは顔を覗き込んでくる。
本当に…そんな紛らわしい事しないでくれ…と、そんなスペインの態度にイギリスは思った。
そもそもが幼くなったからか、女装をしているからか、この格好でスペインと行動するようになってから、今までからするとありえないほどスペインが優しいのが、どこか居心地が悪い。
魔王を倒すために手を組まなければならないとローマに言われた瞬間に、チェンジ!と断言される程度には嫌われているわけだから――自分も同様の事を言ってはいるのだが…――気なんか使うまいと、とにかく好き勝手にさせてもらっていた。
女の格好だからぬいぐるみやリボンやフリルが好きでも当たり前。
男のくせに気持ち悪いとか言われたら、女だと周りを騙すためには徹底してやるべきだからとでも言い返そうと思っていたら、なんとそんなに余裕もないくせに、イギリスが見惚れていたぬいぐるみや花、アクセサリなどを買ってくれるではないか。
昨日の夜だって、若返って身体が軽くなりすぎたせいで、ちょっと突き飛ばされたら吹っ飛んだわけなのだが、着地したのがベッドだったのでこれと言って怪我をしたわけでもないのに、ひどく心配された。
まあ、スペインの方もやるからには徹底的に…もとい、ばれたら子分にまで害が及ぶから仕方なしに協力を…という事なのかもしれないが…。
それでもいつもいつも周りに疎まれてからかわれている身としては嬉しく感じてしまうのが悲しい。
「なあ…大丈夫か?」
まるで本当に心配しているような表情――まあ実際イギリスがいなければ魔王を倒せないのだから心配は心配なのだろうが…――が、なんだか辛すぎて、イギリスはもう開き直ってそれを思い切り利用してやる事にする。
「…少し寝る。」
と、そのまま抱いて運べとばかりに目をつむれば、
「おん。気分悪くて我慢できなくなったら、言いや?」
と、上から声が振ってきた。
こうしてスペインとの二人旅が始まり…そして二日ばかり後、それが終わる事になる。
もちろん旅が終わるわけでは当然なく、二人の他に随行者が加わる事になるためで、それが二人の関係の変化をさらに加速させて行く事になるのだが、この時はまだ二人ともそれを知る由もない。
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