「あ~疲れた~」
と、ポイッとヒールを脱ぎ捨てた。
もう本当に先ほどまでの美少女っぷりはどこへやら、いっそ潔いくらいガバっとローブを脱いで寝巻に着替える。
イギリスがローブの端に手をかけたあたりで、スペインは条件反射のように後ろを向いたが、ああ、そうや、こいつ男やん…と、イギリスの方を振り向いて、そして噴出しかけた。
「どうしたんだ?」
と、首をかしげるとサラっと金色の長い髪がベッドの上に波を作る。
細く白い首から肩まで続く滑らかなライン。
その華奢な肩から下を包んでいるのは、なんとも可愛らしい真っ白なレースとリボンとフリルに埋め尽くされたベビードール。
そんなものを着てペタンとベッドの上に座られると、なんだかイケない気分になってくる。
「…自分…それどないしたん?」
まるで新婚初夜の幼な妻のようなイギリスからなんとか視線を反らして聞くと、イギリスはあっさり
「ん~さっきの奴が鍵と一緒にくれた」
と、ぴらりとその薄い生地の裾をめくって見せる。
…殺す……本当に殺す……と脳内色々がグルグルしすぎて、その言葉しか出てこない。
何故イギリスにベビードールを送ったら殺すのかなど、怖くて考えられない。
もうイギリスが外見だけ思春期の頃に戻っているなら、自分はまるで内面が思春期の少年に戻ってしまったかのようだ。
こいつはまゆげ、こいつはまゆげ…と、また後ろを向いてイギリスが視界に入らないようにしてスペインはお題目のように唱えるが、天然なのかわざとなのか、
「…おい?大丈夫か?気分でも悪いのか?」
と、すぐ後ろに人の来る気配がして、ふわりと甘いバラの香りが鼻腔をくすぐった。
…っ!うっわあぁああああーーーー!!!!!
びっくりしたのだ…。
本当にこの上なく驚いて、思わず後ろを向いてすぐそばで自分に手を伸ばしている相手を突き飛ばした。
「…うあっ!!」
と、小さな悲鳴をあげて吹っ飛ばされる細く小さな身体。
「かっ堪忍っ!!!!」
あまりに簡単に吹き飛ばされる事にまたびっくりして、スペインは慌てて謝って、ベッドの上に着地したイギリスを助け起こした。
「堪忍なっ。どっか痛いとこあるっ?イングラテラ、怪我してへん?」
びっくり眼のまま固まっているイギリスに、少し泣きそうな顔でそう言って、ハッとする。
それに、あ…と思ったのは、スペインだけではなく、イギリスも同様だったようだ。
「…なんだか…懐かしい呼び方してんな。」
最初に我に返ったのはイギリスの方だった。
少し困ったようにそう言う姿に、また羞恥なのか何なのかわからない感情がこみあげてきて、スペインはクルリとイギリスに背を向けると
「しゃあないやん。今の自分の姿、丁度そう呼んどった頃やし。
深い意味ないわっ」
と、ついつい棘のある口調で言う。
後ろで小さなため息が聞こえた。
ついでに
――あの頃は…お前、全然俺の事視界に入ってなかったけどな……
と言う小さな呟き。
そんな事ないやろ?俺めっちゃ気にしとった気ぃするけど…と、心の中で反論して思い起こしてみて、スペインはハッとした。
確かに…そう見えたかもしれない。
北から来た島国の化身は本当に宗教画の天使様のように可愛らしい子で、物怖じしないスペインにしては珍しく、目が合ったりするとドキドキして、碌に視線を合わせる事が出来なかった。
その代わり自分に視線が向いてない隙にガン見しまくっていたせいで、スペインの記憶のイングラテラの顔は常に横顔である。
ああ…嫌な事を思い出してしまった…と、スペインは内心舌打ちした。
自分が直接接しない代わりに、周りには丁重に丁重にもてなすように厳命を下していたのに…。
裏切られた時のショックときたら、大事にしていた分大きかった。
あかん…これ以上考えたらあかんわ…
嫌でも何でもイギリスと協力して魔王を倒さなくてはならないのだから、その頃の感情にはふたをするに限る。
そう自分で自分に言い聞かせて、スペインは小さく深呼吸をすると、
「とにかく…どっちにしてもそれ寒いやろ。
俺らがいた時代と違うてヒーターもないし、寝冷えして風邪ひいたら出発遅れるから、普通の寝巻に着替え?」
と声をかけ、自分も着替えてベッドにもぐりこんだ。
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