仇敵レディと魔王を倒せ_2_2

大英帝国の本気、おそるべしっ!!


宿に帰って宿の食堂で食事。

「今日もアリスちゃん、可愛いねぇ。ほら、フルーツサービスだよっ」

冒険者御用達の宿の主と言えば、当然荒くれ者達が諍いを起こしても叩きだせる腕の持ち主でなければ務まらない。
もちろん用心棒を雇う宿もあるが、この店の親父は元名うての冒険者で、生半可な相手では太刀打ちできない怪力の持ち主だ。

そんな能力を裏付けるようにいかつい中年の親父が、相好を崩して食事を注文したイギリスのトレイに可愛らしい形にくり抜いたフルーツの盛り合わせを乗せてくる。

そんな親父に内心小躍りしているであろうイギリスは、しかし表向きは少し困ったように
「あ、あの…フルーツ代……」
と、財布をさぐるが、当然親父は
「良いってことよっ!アリスちゃんみたいに可愛いお嬢ちゃんがうちに泊まってくれてるってだけでも、宿の評判もあがるってもんだっ。」
と、その手を制する。

「…えっと……」
と、そこでさらに指示を仰ぐように自分をみあげてくるのがあざとい、と、スペインは思うが、ここでそんな事を言ったなら、間違いなく自分の方が親父どころか今食堂にいる面々全てから袋叩きにあうだろう。

「せっかくのご厚意やし、頂いといたらええんちゃう?」
と言葉を添えると、イギリス…もといアリスはホッとしたように微笑んで
「じゃあ…お言葉に甘えて。いつもありがとうございます。」
と、ぺこりと親父にお辞儀をして、それを受け取った。

途端にほぉぉ~とその様子に周りから感嘆のため息が零れる。

――アリスちゃん…可愛いなぁ…
――癒しだよなぁ……

などなど、口々にあがる称賛。


さすが騙す事にかけてはプロだと感心するやらあきれるやら。
しかしこれは可愛く見えてもイギリスだ。
自分だけは騙されないぞと心の中で自分で自分を叱咤しつつ、スペインはわざとそっけなく
「さっさと食うて寝るで」
と、近くの席にイギリスを促した…それだけなのだが、一気に殺気だった視線が自分に注がれるのを感じる。

――…アリスちゃんに気を許されてるのを良い事に言いたい放題言いやがって…
――…アリスちゃんが愛想尽かしたら即殺すっ凸
――…死ねっ!!
ひそひそと聞こえる呟きが怖すぎる。
自分ら騙されとるっ!可愛く見えてもこいつ本当は男なんやっ!と叫べればどんなに良いか。
しかしながら、アリスがイギリスとばれない事、他の国ではなく自分達が魔王を倒す事にEU…もとい世界の平和がかかっているので、スペインはジッと衝動を堪える。

自分だってこれが本当に普通の女の子なら、大事に大事にお守りしている。
でもこいつは男だ。騙されて絆されることなど絶対にあってはならない。
もうあの昔の時のように膝をつくのは絶対にごめんだ。

そんな事を考えていたら、難しい顔になっていたらしい。
自然に寄る眉間の皺にイギリスの白く細い指が伸びてきて、ぐりぐりと押しあてられる。

「眉間…皺寄ってる。ほら、これでも食べて機嫌直して?」
にこりと微笑んでスペインの大好物のトマトを口元に差し出す様子は本当に天使だ。

…ありえん…イギリスのくせに可愛え……
どこか負けた気分になりながらも、男達の強烈な嫉妬の視線を一身に浴びつつトマトを食べる。

「…美味し?」
さらりと長い髪を揺らしながら小首を傾げて聞いてくる少女の皮を被った男に血迷いそうになりながら、
「………おん。」
と、なんとか一言返すと、スペインは食事をかきこんだ。

当然…味なんてわからない。

こいつは男…あの2枚舌のイギリスや…こいつは男…騙されたらあかん……
と、お題目のように唱えながら、スペインは食事を終えてイギリスが食べ終わるのを待つ。

自分だけさっさと部屋に帰ってしまいたかったが、万が一不埒な真似をイギリスにしかけられて、男だとばれたら色々が終わるので、イギリスを1人には出来ない。
ジッと我慢だ。



こうして拷問のような食事時間を終え、ようやく部屋に。

イギリスを1人にするわけにはいかないので最初はシングル一部屋を取ろうと思ったのだが、宿の親父に大激怒された。

いや、本当にあの時は純真な少女をたぶらかすとんでもない野郎扱いをされ、あやうく自分だけ叩きだされるところだったが、

「私…屋敷の自分の部屋で一人でいるところを誘拐されてアントーニョさんに助けて頂いたんですが、それ以来、1人で部屋にいるのが怖くて……」

と、両手を胸の前で組み、いかにもかよわげに涙ぐみながら、ふるふると身を震わせると言う離れ業をやってのけたイギリスのおかげで、シングルの料金で宿に一室しかないというツインを借りられる事になって今に至る。

ようは…冒険者用の宿なので、大抵は自分の身くらい自分で守れる輩が止まるが、1室だけ特別室のような感じで念のため用意しておいたものらしい。

絨毯はふわふわ、ベッドはふかふか。
壁紙だってどう見ても他と違って高級感が漂っていて、カーテンは上等のレースだ。



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