仇敵レディと魔王を倒せ_2_1

親分と仇敵レディ


「悪いけど…こいつ俺のやねん。近寄るなとは言わへんけど、嫌がってたらやめたってな。」

ズムムムムっと立ちはだかる大きなアックスを背負った戦士の迫力に、見るからにナイトと言った感じの品の宜しい鎧を身にまとった騎士は一歩後ずさった。

通常なら戦士の上位職であるはずのナイトだが、どう見ても目の前の戦士の方が熟練している前衛に見える。

その後ろに身を隠すのは真っ白なローブを見にまとった美少女。
戦士の後ろからちょろっとだけ顔を出しているのが小動物のようで可愛らしい。

戦士のマントを白い小さな手できゅっと握り締め、キラキラと輝く金色のクルンと綺麗にカーブした睫毛に縁取られた春の新緑のような色合いのグリーンの目が困ったように、怯えたように、戦士とナイトの間を往復する。

…おい、戦士そこどけ、代われ!
と、言いたいのはやまやまだが力で敵う気はせず、

「私は別に無理に何かしたりはしていないが…。
彼女を無理に拘束しているのは君の方じゃないかね?」

と、それでも戦士を睨みつけて言うナイトの言葉に、戦士はにやりと自信ありげに笑って

「アリス、どないする?あいつんとこ行くか?」
と、後ろに張り付いている少女に声をかけた。

いきなり振られて少女は少し困ったように眉を寄せ、ぎゅうっと戦士の背中にさらにはりつく。

そして小さな小さな声で
「……ごめんなさい…。トーニョが私のパートナーだから…。」
と少女が答えると、戦士は
「そうやんな。」
と満足げに頷き、少女の肩を抱いて、
「ほな、そういうことやから、もうしつこくせんといてな。」
と、ゆったりと反転して、宿の方に歩きだした。




………
………
………

「…自分…いったい今度は何やったん?
親分また謂れのない恨み買っとる気ぃするんやけど。」
「…ちょっと…欲しい物があって?」

ナイトの恨みがましい視線を背中にひしひし感じながら、少し離れた所まで行くと、ため息をつくスペイン。
一方のイギリスは先ほどまでの心細そうな表情はどこへやら、悪い顔でぺろりと舌を出して首をすくめた。


「…ったく…。みんな騙されすぎや」

こんな場面はもう何回目だろうか。
この可愛い顔をしてえげつないヒーラーの少女もどきに行く先々の男が騙されて貴重品を貢ぎまくった挙句、玉砕。
追いすがる輩は全部スペインに追い払われるという繰り返しだ。

おかげで原因は確信犯のこのヒーラーだと言うのに、スペインはお姫様を拘束する悪の大王のように男達の恨みを一身に買う事になる。

そんなスペインの苦労も気にするそぶりはまったくなく、
「男は単純で馬鹿だからな♪」
と言うイギリスに言ってやりたい。
お前もその男だろうがっ…と。

まあ…今の姿…15世紀の頃の少年期のイギリスには、自分も血迷って散々な目にあわされたわけだから、説得力はないのだが……。

口で勝てる気はしない。策略に関しても同じく…。
だから追求したら負けだ…と、そう割り切る事にして、スペインは話題を変える事にする。

「で?今回は何もろたん?」
「これ…」
と、イギリスが得意げに掲げるのは鍵。
この先の国に行くために越えなければならないこの城塞都市の城門をあけるためのものだ。

通常は城に仕える者しか持ってはいないはずだが、そこはよくある腐敗国家と言うやつで、それなりの金を払えばこっそりと売ってもらえる。
大抵はそれなりの商隊などが商売のために外に出るために買うものだが……

「自分…なんでそんな色気のないモンもろうとるん?
普通はアクセサリーとか服とかやろ。ねだるにしても。
あいつもよおそんなもん怪しみもせずに渡したなぁ。」

スペインが呆れて言うと、イギリスはきゃるんっとばかりに小さな両のこぶしを口元にやって綺麗な大きな目で上目遣いにスペインを見あげる。

「東の方にとても素敵なお花畑があるって聞いたんです~。
怖いから方向だけ少し確認してきますねっ。
そこに行く時は…もちろん護って下さる方が必要だと思いますけどぉ……」

「…って騙したん?」

クシャっと前髪を掴んで、スペインはまたため息をついた。
言外に…花畑デートを餌にしたというわけか…いけすかないナイトではあったが、悲しい男の性を思うと、少し同情する。

しかし同じ性を持つはずである隣のヒーラーの少女もどきは全くそんなものを意に介する事もなく、あっさりと

「嘘じゃないだろ?いい加減この最初の街にも慣れてきて装備も揃ってきたし、魔王の城を目指すべく出発しても良い頃だから、お前を護衛に花畑を超えて次の街に向かうわけだし…」
と、手の中の鍵をチャラチャラ回す。

そうしておいて、クルリとスペインの前方へ回り込んで、ニコリと自分より頭一つ高い男の顔を見あげて、世にも愛らしい笑みを浮かべた。

「それに…実はお前も少し気分良かったりするだろ。」

吸いこまれそうに大きく澄んだペリドットの瞳。
その前に嘘は簡単に見抜かれる。

「あ~…まあなぁ。」

中身がイギリスだったとしても、見かけは可愛らしい美少女ヒーラー。
なまじ男なだけに男心も分かっているイギリスは、実に上手に周りの男の心を掴んでいく。
イギリス自身の装備はそんな男達からのプレゼントで随分と高級な性能の良い物が揃っているし、イギリスが必要のない物を容赦なく売り払った金で買ったスペインの装備もかなりの物だ。

そんな街の中でもかなりの男が心を寄せる美少女が、自分の事をパートナーだからと言って優先するのである。
男達からは嫉妬もすごいが、同時に羨望のまなざしで見られる。
くだらない…と思いつつも、それでもやっぱり気分は良いのだ。

スペインとてモテナイわけでは決してない。
自分で言うのもなんだが、ラテン特有の彫りの深い整った顔立ち。
適度に筋肉のついた褐色の体躯。
ついでに長い間生きて来たせいか、そこそこ迫力を醸し出していて、ただモノではない感もあると思う。

酒場や商店などに赴けば、それなりに女達の熱い視線も感じないではないが、それなりに物騒な世界だからか、表にいるのは圧倒的に男が多い。
冒険者が行くような場所ではなおさらだ。

そんな中で多少イケメンな戦士と美少女ヒーラーのどちらがより注目を浴びるかと言えば、当たり前だが後者なのである。

…まあ…実は中身は男なわけだが……

本当に…
「…というわけで…だ、明日にでも出発するぞ?」
と顔を覗き込んでくるイギリスは、イギリスだと思わなければとても可愛らしい。

ああ、もうはっきり言ってしまえば、顔は好みだ。
好みの顔じゃなければ、大昔にも騙されたりなどしなかったのだ。

それに国としての諸々を離れると、少女を演じているせいか、イギリスは好みも行動性も仕草もなにもかも、妙にスペインの男心をそそってくれるわけで……

今も先にトテテっと走って行ったかと思うと、雑貨屋の店先をじ~っと眺めている。

「…どれが欲しいん?」
と、追いついて頭の後ろから視線の先を追って店内を覗き込めば、イギリスはスペインに全く気付いてなかったかのように真っ赤になって、
「べ、べつに、あのウサギを持ってたら女の子っぽく見えるかなとか思ってただけでっ…本当に欲しいわけじゃないんだからなっ!!」
と、噛みつくような口調でまくしたてる。

それに、はいはい、と返事をして、スペインは
「おばちゃん、このウサギもろうてくわ~」
と、袋の中から銅貨を出して、ウサギを受け取ると、それをイギリスの腕の中に落としてやった。

……ありがと………
真っ赤な顔のまま怒ったように言うのは、もう照れ隠しと言うやつで……。

そのまま店の前に立ち尽くすイギリスに構わず宿の方に足を向け、ちらりと気づかれないように視線だけ向けて見れば、ぎゅうっとウサギのぬいぐるみに嬉しそうに顔を埋めている少女の姿。

(…これ、演技なんやろか?それとも地なん?)
と思いつつも、そんな様子が可愛いと思ってしまうのは、やっぱり男の性なのである。




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