仇敵レディと魔王を倒せ_1_2

「…現実的な話をするぞ。」

黙って聞けと言われて頭が冷えたイギリスは、説明の間も脳内で計算を繰り返していた。
そして出た結論。

「とりあえず、これまでの事はいったん忘れて停戦だ。ぎりぎりまでは共同戦線をはろう」

他がどういう条件を出されているのかはわからないが、誰かと一緒に…という条件が自分達だけなのだとしたら、それは一つ有利にも不利にも進められる条件になる。

「はあ?なんで親分がまゆげなんかと。」
と、吐き捨てるように言うスペインには腹は立つが、ここはじっと我慢だ。
感情的にならないように、頭の中で素数を数えつつイギリスは説得を始めた。

「アメリカ……」
「は?」
「今日の世界会議で、アメリカが自国にだけ有利な案をだしてただろ。
あれが通るとEUが色々終わる。」
「まあそうやけど?何故今そんな話…」
「ローマのじじいが言ってただろうが。
魔王にトドメをさしたら願いをかなえるって。
もしアメリカに先を越されて、その案を通したいとか言われてみろ。
欧州皆が地獄を見るぞ。お前の可愛い子分も含めてな。」
「そ、それはあかんっ!絶対にあかんわっ!!」
「それだけじゃねえ。何を言いだすかわからねえって意味で言うとEUっていう共通の利益の共同体じゃないロシアや中国も危険だ。」
「ま、まあそうやな。」
「だから一つだけ協定を結ぼう。どちらが魔王にトドメをさしても恨みっこなしで、てめえが勝ったら別に俺個人の事なら好きに願ってもいい。
ただし、お互い願うのは個人に関する事のみ。国や世界に影響するような事は頼まないこと。」

「…EUに有利になるような事願えばええんちゃう?」
一応、協力体制を取ると言う事に異論はなくなったらしい。
しかしそこでEU全体の利益なら?と考えるのが、そういう意味では人が良いスペインらしい。
だが、イギリスはそれに首を横に振った。

「自分的にはこうすれば有利だと思っても、必ずしも絶対にそれが有利に働くとは限らねえだろ。
ましてや相手は曲がりなりにも世界を水没させようなんて思っている輩だ。
わざと変に曲解した取り方をして、おかしな叶え方をしないとも限らない。
個人レベルならまだいいが、それで世界を巻き込むのはリスクが大きすぎる。」
「なるほどな。ま、ええわ。そうしよ。
で?自分ジョブはどないするん?」

親分はどないしよ~と、どこか楽しげに迷いながら言うスペインにイギリスは
「それなんだが、もう少し話を聞け。」
と、口をはさんだ。

「俺もお前もEUだしな。俺らが個人に関する事しか願わないと決めていても、他がそれを信じるかというとそれはまた別問題だ。
でもって…だ、俺らが二人一緒にいることがドアをくぐる条件と知られると、そこを突かれる可能性もあるだろ。」
「…だから?何を言いたいんや?」
「つまり…スペインとイギリスが組んでいると気づかれないように、どっちか若返らないか?
アメリカ、ロシア、中国あたりのEUじゃない国、要注意国は、俺らの若い頃は知らねえだろうし…」
「…若返ったくらいじゃ気付かれんで?
どうしても自分やてばれたないなら、若返って女装くらいした方がええんちゃう?」
「分かった。じゃあ、お前が女装な。」
「なんでやねんっ!!」

何か話がエスカレートしているが、二人とも真剣である。
イギリスはもちろんだが、普段呑気に見えるスペインとて、自国の所属するEUの存亡がどれだけ重要なのかはわかっている。
自分だけでなく大事な子分達も所属しているのだ。
いい加減な事は出来ない。

「俺は無理だ。紳士の証があるからな。」
「剃れっ!」
「嫌だっ!」

自分が言いだしたわりには頑固なイギリスにスペインは苛つきながらも考える。
これは…実際に無理だとわからせなければならない。
不本意だが仕方がない。

そこでいったんイギリスから視線を外して、ローマの方を向き直った。

「おっちゃん、容姿なんやけどな、お試しさせてもろうてもええ?」
「お試し?」
「おん。とりあえずな、衣装とかなら好きに出してもらえるんやろ?
せやから一度親分15世紀くらいの姿にして女の格好したらどんなもんか見てみたいねん。」
「あ~、そう言う事な。いいぞ。ほれっ!」
ローマがそう言うといきなりスペインが煙に包まれた。

おお~懐かしいっ!!
そして現れた若かりし頃のスペインの姿に、イギリスは目を細めてその姿を凝視する。

覇権国家だった頃のスペインは、今よりは若干若く尖った感じだ。

今でこそ色々あって全体的に角が取れて丸くなったが、当時は異教徒にほぼ全域を占領しかけていたのを戦いで追い出して、そのまま頂点へと登りつめた超武闘派時代だ。
オーラもすごく、当時小国だったイギリスも秘かに憧れたものだった。

そんなイギリスの感慨を余所に、スペインはガシャリと身に付けている鎧を脱いでいく。
シャツも脱ぎ棄てると、褐色の肌に無数の傷跡。
数々の戦場を駆け抜けてきた男の勲章である。

ただただ見とれるイギリスの前で、タイツ以外を全て脱いだスペインは、目の前に現れたクロゼットから赤いドレスを引っ張り出した。
そして躊躇なく身につける。

うっあぁぁ~~~見たくなかった…
と、その姿を目にした瞬間、イギリスは正直顔を覆って泣き崩れそうになった。

一応サイズは体格に合わせて変化するらしいそのドレスは、しかしながら体格を隠してはくれない。
広い肩、ガシっと厚い胸板、ドイツのようにムキムキではないものの、筋肉のしっかりついた腕など、明らかに男の体格のドレス姿は、なるほど見るも無残なものがある。

本人も同じく現れた姿見を見て、嫌そうな顔をしている。

「お前…可愛い系の顔立ちしてんのに、なんでだ?」
と、自分でやれと言って後悔してますというのを前面に押し出した表情でがっくりと肩を落とすイギリスに、スペインは

「愛きょうあるとは言われてんけど、骨格とか男顔やねん。
あとは、この頃はもう10代後半から20歳くらいの外見やし?
今時のなんもせん男ならとにかくとして、戦場駆け巡っとったからかなり筋肉ついとるしな。」
と説明をして、イギリスを振り返る。
そう、言葉ではきっと納得しないであろうイギリスに、この現実をわからせるためにわざわざこんな恥をあえてかいたのだ。
だから…逃がすつもりはない。
当然のように主張する。

「親分かてやってみせたんやから、自分だけ試さんとかはないやんな?」
ヒクヒクと顔を引きつらせるスペインには、逆らうなどと言う気は起きない。
そう、この頃は完全に目上だったのもあり、この姿で言われるとつい頷いてしまうイギリスがいた。

「てわけで、こいつも15世紀くらいに戻したって。」
と、イギリスの返事も待たずにローマに依頼するスペイン。

「おう。まかせろっ!」
と、楽しげにそれを了承するローマ。
こうしてスペインと同じく、イギリスも煙に包まれた。


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