生贄の祈りver.普英_2_4

豪華な牢


「ここが…鋼の国の城……」

結局あれから一日弱。

アーサーを乗せた馬が辿りついたのは、自国、森の国の城とは大きさも堅固さも全く違う、見た事もないほど荘厳な城だった。



ここに来るまでアーサーは普通に眠っていたが、鋼の国の王…ギルベルト・バイルシュミットだと名乗る男はその間も馬の手綱を握っていたので、いつ眠っていたのだろうかと思う。

もしかして眠っていなかったのだろうか…


それにしてはたいして疲れた様子もなく、終始アーサーを気遣いながらここまで連れて来てくれた。

だから実はやっぱり影武者?と思ったのだが、城に着くと大勢の家臣が恭しく膝まづき、その中にはなんだか偉そうな貴族や将軍のような人間も混じっているため、おそらく本物のようだ。


軍事国家、鋼の国はどうやら王自身も鍛え抜かれた武人と言う事らしい。



城門をくぐるとまず自分が馬から降り、当たり前にアーサーを抱きおろしてくれるが、もしこれが本物の鋼の国の王なのだとすれば、自分は今まで…いや、現在進行形で随分と不敬な態度を取っているのではないだろうか…

そう思うと足が震えた。


一応、大国の王と対峙した時に口にするべき挨拶の文言は国を出る前からずっと脳内で繰り返していて暗記していた。

が、今回はいきなり襲撃を受け、こうして急遽、馬を飛ばす事になってすっかり忘れていた。

まず何をおいてもこれを言わなければならないと口を酸っぱくして言われていたのに……


どうしよう…いまさら…だろうか?
ああ、もちろん今更なのはわかっているが、言わないよりはマシなのだろうか…


そんな風にアーサーが迷っている間も状況はどんどん進んでいく。


どうやら今回は襲撃が予測されて急遽王自らが特別な部隊を率いて出陣したので予定外の王の不在だとのことで、その間の仕事がたまっているらしい。

気づけば事務官にせっつかれた王はアーサーを部屋に案内するように城の者に申しつけて早々に行ってしまった。


そして挨拶の言葉を口にする機会を逸したまま、アーサーは知らない者の中に取り残されていた。



「案内しよう…着いてくるように」

と、言ったのはアーサーの年齢を考慮したのだろうか…

他よりかなり若い…見たところアーサーと同じくらいの年の少年だ。


元々硬質な雰囲気の少年はひどく気難しい顔でニコリともせず、コツコツと靴音を響かせて2,3歩進んだかと思うとピタリと足を止めて、戸惑ったままその場に立ちすくむアーサーを振り返る。


そして

「どうした?あなたがここに居ると他の者が持ち場に戻れないだろう?
用がないなら速やかに移動願いたい」

と、迷惑そうな口調で言う少年の言葉にアーサーは改めて自分の立場を思いだした。


そうだ…王、ギルベルトが柔らかく優しい態度で接してくれていたため忘れていたが、自分は飽くまで客人ではなく人質…いや、状況によっては人質にすらなれない生贄なのだ。

不興を買うような事は避けねばならない。


「申し訳ない。すぐ行きます」

恐ろしさと不安に震えながらもそう答えて慌てて少年に駆け寄ると、

「行くぞ」

と、少年はまたクルリと前を向き直り、今度こそ振り向きもせず先に立って歩き始めた。





「陛下は当たり前だがこの鋼の国の頂点に立つ方だ。

今回は我が国が迎える事になっている相手を他国に奪われるなどと言う事態を避けるため、急遽一番機動性に優れた部隊を有する陛下が動かれたが、本来は軽々しく接する事が許される方ではない。

何かあれば使用人が対応するし、それで対応しきれない事は俺が聞くので、陛下に拝謁する事は早々ないとは思うが、そういう機会がある場合は立場をわきまえ、節度を持って接するように」


途中すれ違う使用人達が恭しくお辞儀をしていくし、さきほどの言葉からも察するに、少年はおそらく身分のある貴族のようだ。


重厚ではあるがどこか寒々しい石畳の道を歩きながら、明らかに歓迎はされていないのだろうとわかるような固く拒絶しているような声音でその少年はそう言った。


まるで挨拶の一つもロクに出来ていない無礼を知っているかのようなその口調にアーサーはすくみあがる。


「…わかりました……」

と答えるのがやっと。


もうどこをどう歩いたのかも記憶にない。

恐ろしくて例えそちらでも歓迎されていないとはわかっていても少しでも慣れた自国に今すぐ帰りたいと切実に思うが、もちろん叶うわけはない。


そうして着いた部屋の前。


「…ここがあなたの部屋だ。

3カ月ほど前、この部屋を使っていた他国の王子は分をわきまえず命を落とす事になった。

…と言えば意味はわかるな?
おかしな考えは起こさない方が良い」

大きな鍵の束の中の一つで頑丈そうなドアを開けると、少年はアーサーを中へと促す。


そしてアーサーが中に入ると、ドアの横の紐にチラリと目を向け

「これが呼び鈴だ。

必要な時はこれを鳴らして使用人を呼ぶように」

と、非常に事務的な口調でそう言うと、少年は部屋を出て行った。


パタンとドアが閉まると少し遅れてガチャっと鍵がかけられる音がする。

内側のドアを確認しても鍵らしきものはなく、一応…とドアノブを回してみても戸は開かない。

なるほど…ここは勝手に出られては困る人間を隔離しておく牢のようなモノなのだろう…と納得して、アーサーは室内を見回した。


まあ一応人質とは言え他国の貴人を泊まらせる部屋だけあって、牢と言うには確かに豪華ではある。

少なくともアーサーが今まで育って来た自国の小さな部屋よりは遥かに広く、調度品もそこから出た事がほぼないアーサーからすれば見たこともないほど立派だ。


それでも…ここは生贄を入れておく牢屋だ…と言う事は変わらない。

この豪華な部屋のアーサーの前の主は分をわきまえないで殺されたとの事ではないか。

そして…アーサーは王の親しみに満ちた態度についつい身の程を忘れ、挨拶一つきちんとしていない自分の身にもすでに赤信号がともっているのだろうという事を思って恐ろしさに身震いした。


これからは絶対に身の程をわきまえて、手を煩わせたり不興をこうむるような事を一切控えねばならない。

そして次に拝謁する機会が出来たなら、今度こそ今回の非礼を詫びてきちんと挨拶の向上を述べねば……


そう思いながら、馬に揺られていた間に降って来た雨に濡れた衣服を脱ぐ。

これだってびしょぬれというほどにならずに済んだのは、自分は当たり前に濡れても王が自分のマントを脱いでアーサーを頭から包んで少しでも濡れないようにと気遣ってくれたからだ。

ああ…それすら今思えばありえない。

そこはまず王の身を少しでも濡らさないようにと丁重に辞退するところだった。


国から先に送った荷物はすでに荷解きがされた状態で置いてあるので、その中から今回この大国に送られるからと新しくあつらえられた、これまで身に付けた事もないような上質な生地で作られた普段着らしき服を身につけ、一旦はこれも今まで腰かけた事もないほどふかふかの立派なソファに腰をかけてみたが、雨に濡れたせいかひどく寒けがしたので、少しでも暖をと思い、居間と続き部屋になっている寝室へと移動し、驚くほど大きく立派な天街付きのベッドへと潜り込んだ。


上質の毛布は本来なら温かく寒さから身を守ってくれるはずなのだが、何故か寒気がおさまらない。

大きなベッドに埋もれるように横たわりながら、アーサーは頭から毛布を被って震えていた。

歯の根が合わず寒すぎて心臓がドキドキする。

こんな暖かい場所でありえないと思うものの、このまま自分は凍死するんじゃないだろうか…と思った。


やがてドアがノックされ、どうやらリビングの方からメイドらしき声に昼食の用意が出来た事を告げられるが、とてもではないが寒くてベッドから出る事が出来ない。


なのであとで食べるので置いておいて欲しいとベッドの中から告げると、あとで食器を取りにくる旨を告げて下がって行く。


その気配を感じながら、ああ…これもあとで詫びなければならない非礼になるのだろうか…忘れないようにしないと…と、心の中で思いつつもアーサーは毛布の中で身体を丸めていた。


せっかく用意されたものを残すなんて失礼だが、どうしても寒い。

しかし寒いのでもう少しかける物が欲しいなんて図々しい事を言う勇気はない。


そうしているうちになんだか呼吸するたび胸が痛くて、喉からヒューヒュー変な音がしてくる。


これは…風邪をひいたのか…?と、少し焦る。

王のマントを取っておいてそれでも風邪をひいたなんて間違っても知られるわけにはいかない。

どうしよう…


本当はこのまま大人しく寝ているのが一番良いのかもしれないが、万が一様子を見に来られたら……

とにかく見つからないように……




アーサーは震える身体を叱咤してなんとかベッドから抜け出ると、

『少し庭を散歩してきます。すぐ戻ります』

と、紙に書いてリビングの食事の横に置いて自分の荷物を漁る。


そして少しでも寒さを防げるようにとガウンを取り出し身につけると、ベランダから庭へと足を向けた。

そして少し離れた植え込みの陰に身を隠す。



そうしていたって誰かが来る前にどうにかなるものではない…普通なら分かるそんな事も、生まれてこの方自分に与えられた小さな部屋から出る事なく育ったアーサーには思いつかない。


ただ、今この瞬間、見つからないようにと隠れると言う事しか頭に思い浮かばず、いつまで…とも考えられずに寒さに震えながら膝を抱えてうずくまった。


寒い…寒い……

震えながら思いだすのは何故かここに来る道中の事。

今と違って雨が降っていた時だって寒さなんて感じなかったように思う。


温かい身体…

身の程を思い出さずにただ受け取っていた温かい笑みや言葉の心地よさ…


でも結局現実なんてこんなものだ。

寒くて…痛い……


そう、自分は結局単なる生贄なのである。

当たり前にわかっていたはずなのに、何故かぽろり…と涙が一粒。

そうしているうちにアーサーの意識は闇の中へと落ちて行った



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