それがギルベルトが腕の中の少年に対して今現在感じている感想だ。
普段戦場で大剣を振り回している自分が力を入れすぎれば、文字通り抱きつぶしてしまいそうで怖い。
だから気を失ったままの華奢な身体をおそるおそる支えて馬を走らせている。
これは千載一遇のチャンスだった。
今までは自分の方が好意を感じるようなこういう可愛らしい生物には好かれた事がなかったどころか逃げられ続けてきたわけだが、今回はお姫さんの方だって友好関係を築くために来ているのだ。
少しは歩み寄ってくれる……と、信じたい。
とりあえず怖がられるような事はしない。
好かれる以前の問題である。
そうして普通の交友相手と認識してもらえた時点で、あと一歩。
親しみを感じてもらえれば嬉しい。
……けど………一体何を話せばいいんだ?
武器の話はNG。
戦場の話、戦闘の話は論外だろう。
鋼の国という国を語ろうと思ったら、それらを取ったら何が残るのか……。
(…趣味…趣味だよな。俺様の趣味は………鍛練……)
ダメじゃん…とギルベルトはがっくりと肩を落とした。
武器、鍛練、戦術について語らせたら鋼の国でも右に出る者はいないと自負をするが、それらが全部NGとなると、果たして自分に何が残るのだろうか。
そんな心配をしないでも大国で立場が強いのはこちら側なので、本来なら別に自分の方から歩み寄らなければならないような立場ではないのだが、それでも歩み寄りを諦められないほどには、腕の中で熟睡中の少年は可愛らしかった。
こうして回収して数時間。
途中馬を乗り換えてもまだ少年は気を失ったまま。
(色々疲れたんだろうなぁ……)
と、ギルベルトはため息をついた。
確かエリザは『城の外どころかほとんど人前にも出た事がないらしい箱入り』だと言っていた。
そんな少年が初めて外に出た理由が実質他国に対する人質になるためで、さらにその道中で別の国からの襲撃である。
少年にとって外界は…そして鋼の国はどんなに恐ろしいところに思えただろうか……
(怖いばかりのとこじゃねえんだけどな…ごめんな?
今後は俺様がきっちりガードして、綺麗なとこ見せてやるし、楽しい事も教えてやっから)
落ち付いた金色の髪がばらつく広く白い額にちゅっと小さく口づけを落とせば、立派すぎる眉毛がぴくりと動いた。
起きるか…?と思ったが、まだ起きない。
そっとそのまだ幼さの残るふっくらとした頬にそっと触れると、また眉毛がぴくりと動く。
続いてふにゅり…とむずかるように眉間に皺が寄るのが幼子のようで愛らしい。
ああ…ちいせえな……
心の中がほんわりと温かくなる。
やはり小さな生き物は和む。
無条件に可愛い。
馬がちょうど野生の林檎の並木を通りがかると、ギルベルトは少し手綱を緩めた。
このあたりにいるうちに目が覚めてくれれば、もぎたてのリンゴを食べさせてやれるのだが…と、腕の中を覗き込むが、白い瞼は相変わらず閉じたまま。
やっぱりまだ目が覚めねえか…と、腕の中をもう一度見下ろすと、白い瞼がピクリと動いて、ゆっくりあがっていく。
そして現れる夢見るように澄んだ淡いグリーンの瞳。
真紅と言う強い色合いの自分と違って、それは光にとけてしまいそうな儚い美しさをたたえている。
驚かさないように…威圧感を与えないように…ギルベルトが細心の注意を払って
「丁度良かった。もう国境からはだいぶ離れたし一休みしようかと思ってたんだ」
と、微笑みかけると、丸い目がきょとんとさらに丸くなった。
そして不思議そうにきょろきょろとあたりを見回す仕草が小動物じみていて、とても可愛らしい。
結局なんとか少し気を許してもらえたらしく、一緒にもぎたてのリンゴを食べ、再度馬を走らせる頃には、大人しく腕の中にいてくれるくらいにはなっていた。
単に振り落とされるのが怖いだけなのだろうが、時折り身を寄せてぎゅっとサーコートの胸元を掴んでくるのが嬉しい。
そうして胸元に抱え込んだ少年はギルベルトのマントの中からもの珍しげに過ぎて行く景色をながめている。
雲行きが怪しいので少しでも早く着くようにと全速力で馬を走らせているので、舌をかまないようにおしゃべりなどは出来ないが、時折り腕の中に視線を落とすと手の中の小さな子どもはおずおずとその視線に気づいて見あげてくるので、その都度ニコリと微笑みかけると、戸惑ったように大きな瞳が揺れた。
これで微笑み返してくれるくらい馴染んでくれるようになると嬉しいのだが…まあ、最初に気を失われた事を考えると、今はこうやって寄りそってくれるだけで良しとしよう。
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