コードネーム普憫!腐女子から天使を奪還できるか?!1章_2

「アーサー、今日友達来るからねっ!
あんたは強制参加よっ!!」
家の暴君がそう告げてくる。


ふざけるなっ!まっぴらごめんだっ!!

…そう言えたらどんなに良いだろう。

だが、悲しい事にそう突っぱねたなら、明日から3食、食パンのみだとアーサーは脅されていた。

アーサー・カークランド16歳、高校2年生。
両親は仕事で海外で、大学生の姉と自宅で2人暮らしだ。
そして…食費の全てを姉が握っている。

姉のフランソワーズは美人で人当たりが良くて料理も上手くて一見完璧な女だが家では暴君…なだけではなくて腐女子で、弟であるアーサーをなんやかんやで自分の趣味に巻き込んでくれる。

まあ今まではせいぜいフリフリの服を着せられてスケッチされるくらいだから、プライドを別にすれば実害はなかった。

おやつですら料理上手の姉の手作りだったりするので、全ての食を姉に握られている身としては、実害がない以上もう諦めるしかなかったのである。

が、今日は違う。

それまでは姉とその腐女子仲間に微妙な服を着せられた姿を晒すだけだったが、とうとう姉が恐ろしい事を言いだしたのだ。

――なんかさぁ…絡みがほしいわよね…

と。


絡み……絡みっ?!!!!

繰り返しになるが、姉は腐女子である。
彼女が描いているものはBLという男同士の恋愛ものである。

つまり…彼女が言う絡みというのは当然…
男同士の絡みに他ならない。

「嫌だっ!!今日という今日は断固として拒否するっ!!!」
と言うアーサーの叫びは姉にはきいてもらえない。

「大丈夫、相手はあたしの同級生だし、エリザの従兄弟だから」
と、本気で全然大丈夫なんて思えない情報まで与えられて、顔面蒼白だ。


しかしながら…日々学校までの通学は定期。
飲み物は姉がタンブラーに用意する紅茶。
昼は姉が作った弁当。

もちろん朝夕の食事も姉が作る生活で、現金を一切与えられていないので、姉がいなければアーサーは買い食いさえできない。

無理だ…逆らえば飢え死ぬ……




こうして恐怖の当日、土曜日の午後。

上機嫌の姉を同じく上機嫌の姉の腐女子仲間が訪ねてくるのを2階の自室から見下ろす気分は、まさに死刑台への階段を上る囚人のようだった。


全員揃ったらしく、階段を登ってくる姉の足音。

「アーサー、出番よ~」
と、にこやかな姉の顔が恐ろしい。

奴隷市場で売られる奴隷と言うのはこんな気持ちなんだろうか…そんな事を思いながら、アーサーはその姉の剛腕に引きずられて、階下の居間へと連れて行かれた。




「おまたせ~」
とにこやかな姉の声と、期待に満ちたまなざしの腐女子2人とこちらには背をむけて腐女子の1人であるエリザと何やら不機嫌な様子で会話をしている男。

エリザではない方の腐女子は姉やエリザと違って、いつもはアーサーにも優しい大和撫子の桜。

もしかして助けてくれたりしないだろうか…と思って視線を向けるもいつものようにニコニコと優しい笑みを浮かべながらも

「今日はね、私の恩人でもある師匠と私の可愛いアーサー君が仲良くなってくれると良いなって楽しみにしてきたんですよ」
と、アーサーにとって絶望的な言葉を吐いてくれる。

その時点でアーサーはもう涙目になった。




「とりあえず紹介しておくわね。
これはアーサー。あたしの弟。
童顔だけどこれでも高二なのよ」

と、どう見てもエリザと会話中で聞いていない男に向けて実に雑にそう言うと、フランソワーズはいきなり手にした無糖のヨーグルトのパックをびりびりと開けた。

そして
「とりあえず時間ももったいないし、ちゃっちゃと始めちゃいましょう」
と、それをスプーンでグルグル掻きまわしてペースト状にすると、いきなりアーサーに向かってぶちまける。

うあっ!!!と、思わず反射的に手で頭と顔を庇おうとしたアーサーだったが、そこでグイッと腕を引き寄せられて厚い胸板に抱え込まれた。

本当に一瞬の事だった。

――お前、ふざけんなよっ!!!

いきなり頭上で怒声。

それにびっくりして見あげると、驚くほど整った顔が見下ろして来る。


ぴょんぴょん跳ねたアーサーのくすんだ色の髪と違って銀の絹糸のようにさらさらした綺麗な髪…。
陶磁器のように白い肌にスッと整った銀の眉。
鼻筋も通っていて、薄めだが綺麗な形の唇。

全てが美的に完璧に見える場所に一部の狂いもなく配置されているかのように整った容姿の中で、さらに特徴的なのが強い光を放った切れ長の紅い目。

最高級のルビーでもこんなに美しいだろうか…と思われるようなその紅い目に思わず惹きこまれた。

そしてびっくり眼で見あげているアーサーに気付いたらしい。
それまで怒りに燃えていたその目が、柔らかく笑みの形を作ってアーサーに語りかける。

――怒鳴って驚かせて悪かったな。俺はギルベルトだ。大丈夫か?ヨーグルトかからなかったか?

優しく頭を撫でる大きな手の感触に、そこでアーサーはようやく我に返った。

そして冷たくない事に気づいて視線を向けると、どうやら目の前の相手がかばってくれたらしい。
相手の背にはべったりとヨーグルトがかかっているが、アーサーは無傷だ。

「良い構図っ」
と動き出した空気にそう言ってペンを動かしかけるエリザに、ギルベルトはいきなりガン!!!と拳で壁を殴って

てめえもだっ、エリザっ!!!いい加減にしろっつってんだろっ!!!
と、怒鳴る。

そこで桜がはじかれたように立ち上がった。

「も…申し訳ありません、師匠っ!これお使い下さいっ!!」
と、慌ててハンカチを差し出す桜にギルベルトはため息をついて

「謝る相手違うんじゃねえか…?」
と、言う。

そこで桜はギルベルトの腕の中を覗き込んで
「ごめんなさい、アーサー君。
ここまでやるつもりは本当になくて…」
と、半泣きで謝って来た。


「とにかく…どう考えても本人これ納得してやってねえだろ。
どうやって脅したのか知らねえけど、てめえらのやってる事は虐待だからなっ!
あんまふざけた真似してっと通報すんぞっ!!」

と、言う相手に、不満げに口を尖らせる姉。
気まずそうに苦笑いで視線をそらせるエリザ。
そして号泣し始める桜と、もう阿鼻叫喚だ。


収集がつかなくなってきたところで、ふとヨーグルトまみれになったままの相手に気づいて、アーサーが

「すみません…あの…俺の着替えじゃ小さい…ですよね?」
と再度見あげて言うと、ギルベルトは苦笑して

「あ~、この服はエリザが用意したもんで、服は着て来たのあるから良いんだけど、悪いけどシャワー借りれるか?
このまま服着たら汚れるから」
とまたアーサーの頭を撫でてきた。

「あ、はい。もちろん。こっちです」
と、浴室に案内してタオルだけ出してシャワーを使ってもらって、着替えてもらう。


――アーサー君、本当にごめんなさい。師匠は私が一人ぼっちだった時に優しくしてくれたすごく良い人で…だからアーサー君と仲良くして欲しかっただけなんです…。こんな事まですると思ってなくて……

こうしてギルベルトがシャワーを浴びている間、桜が泣きながらずっと謝ってくる。
たぶん彼女はそうだったんだろうな…と、アーサーは思った。

桜は優しい。
いつでも友達もロクにいないアーサーの事を気にして気遣ってくれる。
ギルベルトも本当に桜の言うように良い人に見えるし、桜は単にアーサーに友人をと思ってくれたのだろう。

でも姉がこんな事しでかした以上、もううちには来てもらえないだろうな……
それが少し残念だと思う。

せめて後日きちんとお詫びに行こう。
そう思ってその日は解散になって帰ったギルベルトを恐縮しながらも見送った。




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