薬を飲む前に何か食べさせた方が良い…今から食べ物を持ってきてもらうことなど望めないが、テーブルにフルーツならあるから…と、素早く考えを巡らせながら言うアントーニョの言葉に、アーサーは少し視線を伏せた。
長いまつげが金色の木漏れ日のように新緑色の瞳にかかる様は美しいが、その視線は物憂げで、アントーニョは嫌な予感にかられながら言葉を待つ。
そして…返ってきた言葉はやはり…
「…何も要らない…欲しくない…」
「…食欲ないんはわかるけど、何か少しでも胃にいれたって?薬飲めへんから」
わざとアーサーが言外に伝えようとしている意思に気づかないふりでそう続けるアントーニョに、アーサーは綺麗な澄んだ瞳でアントーニョの視線を捉えた。
「わかってるだろう?俺は治らない方が良い。皆がそれを望んでいるし、皆のためにそれが1番良いんだ。」
怒りの色も悲しみの色もそこにはない。
ただ当たり前の事だと言わんばかりに淡々と告げられる言葉に胸がつまった。
「皆?俺は皆に入らへんの?俺はそんなん望んでへんし、そんなんかけらも俺のためにならんわ」
アントーニョは泣きたくなった。
いや、実際に泣いていた。
こんなん嫌やっと、子どものように頭を振るアントーニョに、アーサーは困ったように黙り込んだ。
「なんで信じてくれへんの?それとも俺の意思なんかどうでもええんか?」
「…そうじゃないけど……」
「あ~、もうええわっ。俺かてもう自分の意思なんか尊重してやらへんわっ。」
アントーニョのセリフにアーサーはホッとした表情を見せた。
ああ…ようやく見限ってくれたか…とでも思っているのだろう。
甘いわっ。俺かて一度何もかも無くした身や。これ以上諦めろ言うなら考えがあるわっ…と、アントーニョは決意を持ってアーサーに顔を近づけ、その瞳を覗きこんだ。
「ええか…。これから自分が熱下るまで、俺は飲み物も食べ物も一切何も口にせん。
そのまま自分が死ぬ言うなら、一緒に死んだるわ」
もう子どものような脅しだと思うものの、他に思いつかなかった。
「お前…馬鹿じゃないのか?」
呆然とするアーサーの額に、アントーニョは自分の額をコツンと押し当てた。
「他人に馬鹿言うたらあかん。アホやったらええけどな。」
「そういう問題じゃ…」
「とにかく…決めたんや。俺は自分の護衛で…ナイト様や。
命が尽きるまで自分の事守ったる。
寂しかったら俺に言えばええ。ずっと一緒にいたるから。
俺だけは世界中が自分の敵に回ったかてお前だけの味方や。
せやからこの世に絶望せんといて?
それでもどうしても死にたい、耐えられんて思うたら俺に言い?
その時は俺自身の手で苦しむ間もないくらい一瞬で楽に自分を死なせたったあとに、俺も一緒に逝ったるわ。
ぎりぎりになったらちゃんとそうやって片をつけたるから、それまでは俺と一緒にこの世界の中で楽しいこと、幸せな事探してみよ?」
自分でも自然に、太陽のような、とよく称されたような笑みが浮かんだ。
絶望するには早すぎや。自分まだ外の世界なんも見てへんやん…と、アントーニョが笑ってみせると、
「お前…ホントに後悔しても知らねえからな…」
とアーサーはまたハラハラと泣きだした。
「後悔なんてせえへんよ。俺な、自分の国では我慢して大事なモン手放して、それでも何もかも無くしてん。そんくらいなら我慢せん方が良かったって今思うとる。
せやから、もう我慢せん、欲しいモンは手放さへんて決めたんや。どうせ後悔するなら、したいことして後悔した方がええやん。」
そう続けるアントーニョに、アーサーは少し考えこんで
「したいこと…か…」
と、つぶやいた。
「そんなこと…考えたこともなかった…」
「ええやん、これから見つけたったら。諦める前に手ぇ伸ばしてあがいてみ?なんでも俺が手伝うてやるから。せやからまず元気にならんとな。」
そう言ってアントーニョはアーサーの頭をクシャクシャっと撫でると、サイドテーブルの上の林檎を手に取り器用にナイフで皮を向き始めた。
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