青年のための白銀の童話 第三章_2

エンジェル


寒い…と、眠っていてもなお悲しいくらい小さな声でそう呟いて身を震わせるアーサーは、それでもアントーニョが冷たい手を額に当ててやると、少し気持ち良いようで、眉間に寄せていた皺がなくなる。

身体は寒いが額は冷たい方が心地いいのだろうと判断したアントーニョは、冷たい水の入った器をベッド脇の小テーブルに置き、自分もベッドに横たわって震える身体を抱きしめて体温を分け与えながら、手だけは水で冷やして軽く拭いては、燃えるように熱くなった額に当てて冷やしてやった。

正直…子どもが寝込んでいるのは怖い。
体力がない分、弱るのも悪化するのもあっという間で、それこそ貴族達のようにきちんとした医者に見てもらったり良い薬を用意してもらったりできずに、たった数日寝込んでそのまま天に召されてしまった庶民の子どもを、アントーニョは何人も見てきた。

ヒューヒューゼーゼーと漏れてくる呼吸音は、病に呼吸器まで侵されている事を示しているし、これが肺まで達すれば、命を落とす確率は数段あがる。

「頑張りや…一緒にトマト収穫すんのやろ……」
ぎゅっと抱きしめて小さくかける声に当然応えはなかった。

アントーニョは元は軍人なので怪我に対しての医療知識は多少あるものの、病気に関してはほとんどないので、手の中に抱え込んでいても何をしてやることもできない。
それがひどくつらい。

自国であれほど痛い目に遭って、もう他人を信用すまい、他人に深く関わるまいと思っていても、結局代わってやれるモノなら代わってやりたい…そう思うくらいには絆されている自分は、性懲りのない人間なんだろうとは思う。

ああでもしゃあないやんなぁ…子どもに罪はないねんから…。
かわええんやから…。
すっぽりと腕の中に収まってしまうその小ささに胸がきゅんとする。

要らないというならむしろこの子を連れてこの城を出て行けたら良いのに…と思うものの、おそらく欲で凝り固まった大人たちは、自分の側に置いておくのは嫌でも王家の血を引く人間が別の場所にいるのは、自分達のような汚い大人が自分達の不利になるような利用の仕方をするのではと思って気に入らないのだろう。

そうなるともう仕方ない。
自分がこの場にとどまって守ってやるしかない。

「こんなにええ子なんやから、もうちょい甘やかしたりたいなぁ」

甘えたいくせに甘えられない…言いたいことを言う習慣もないので、抑え切れない想いがすぐ涙に代わって溢れだしてしまう…そんなこの子が可愛いと思う。

「ほんま甘やかしたるし守ったるから、俺にくらいもうちょい甘え?」

アントーニョは聞こえていないのを承知でそう言うと、ソッと額に置いた手と反対側の、頭を抱え込んでいる手でそっと熱で赤く染まった柔らかな頬をなでた。
すると冷たい手の感触が気持ちよいのだろう、無意識にスリっと手に頬をすり寄せる。

うっわあぁぁ~~かっわかわええぇ~~!!!
もうダメだ、可愛いは正義だっ。
内心わたわたと悶えながら、唯一自由にできる足先だけでバタバタともがく。

あかんわ…ほんまあかん。
この子はほんま俺が守ったるっ。
この子は俺の天使や~っ。

可愛すぎて心臓がどきどきする。
こんな可愛らしい生き物に手をかけようなどという奴は人間やない。
人間やないんやからどついて排除すんのが正しいわ…。

ああ…明日からまた腕鈍らんように鍛錬せな…と、アントーニョは自分もアーサーのまあるい頭に頬をすり寄せる。

一応曲がりなりにも自国では有数の戦士と言われていたのだ。
相手が武器を持って攻撃してくるなら、遅れを取らない自信はあった。

ただ毒と病はいかんともしがたい…。
今もこうしてひどく苦しそうにしているのに、大した事もしてやれない。

「あ~医術も学んどくべきやったなぁ…」
と、アントーニョは誰にともなくつぶやいた。
まあ…いまさら思ってもどうしようもないわけではあるが……。

「堪忍な…」
ヒューヒューと苦しそうな呼吸を繰り返しているアーサーを改めてぎゅうっと抱きしめる。

「しんどいやんなぁ…」
せめて起きて薬を飲ませてやれれば少しは違うのかもしれないが……。

「代わってやれたらええのになぁ…」
もう何度も思ったことを口に出してみる。
自分だったら熱など食べて寝て治す自信があるのだが……。

「なんでこんな熱出るまで気づかへんかったんやろ…あかんな…護衛失格やな…」
ため息…。
ああ…敵から守る以前にこの子に何かあったらどないしよ……。
と、だんだん不安になってくる。

「なぁ…頼むわ…元気になったって。そしたら絶対に守ったるから…」
本当に医術も勉強しよう…と、思いつつもまずは今を乗り越えなければならない。
皆が悪化を望んでいる以上、この子を救おうにも誰にも助けは求められない。
ただ本人の回復力を神様に祈るのみだ。

そんな風にアントーニョが途方にくれていると、追い打ちをかけるように、閉じたアーサーの目からハラハラと涙が零れ落ちる。
つらい夢でも見ているのだろうか……。
ズキズキと痛む胸の痛みに耐えながら、アントーニョがその涙をそっとタオルで拭ってやった時、ようやく長い金色のまつげが一瞬震えて、ゆるやかに上にむかっていった。
そうして現れる露に濡れた新緑の瞳…。

一瞬その美しさに息を飲んで、それからこれでようやく薬を飲ませられると、アントーニョは大きく安堵の息を吐き出した。


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