青年のための白銀の童話 第三章_1

回想


熱くて…でも寒い。
そんな不快感を補うように、冷たくて温かい物が与えられる。

「アーサー、気持ちいい?」

夢現で思い出すのは幼馴染の少女。
母の侍女の子でアーサーよりは五歳ほど年上のその少女は、同時にアーサーの遊び相手兼世話係でもあって、小さなアーサーが熱を出すたびいつも添い寝をしつつ、寒い季節でも自分の手を水で冷たく冷やして、熱くなったアーサーの額を冷やしてくれた。

「タオルより人肌の方が安心しない?」
冷たいだろうと言うたび、そう笑ってアーサーのためならいいのだと言ってくれた彼女は、アーサーの母である王妃が亡くなり、大勢の関係者が母の祖国へ帰る中、一人取り残されるアーサーのためにこの国に残り……一ヶ月後に遺体で発見されたらしい。

らしいというのはアーサーは最後まで彼女の亡骸に会わせてもらなかったからだ。

ただ、同じく彼女と仲の良かったフランが…そう、いつもニヤニヤとした笑みを張り付けているあのフランが初めて…そしてアーサーが覚えている限りではその時唯一、壮絶に恐ろしい顔をしていたのを見て、彼女の死が安らかなものではなく、何か酷い状態のモノだったのだろうと察した。

その後はそれまではからかいながらも構ってきていたフランもほとんどアーサーに構うことはなくなった。

こうして他の親しく優しくしていてくれた者達も一斉に距離を取り始め、アーサーは城の中で本当に一人になった。

いや…唯一、おそらくアーサーと接触を持つことのリスクが絶対的に自分の身に振りかかる危険性のない弟…第二王子以外か。

こんな状況だというのに不思議と兄弟仲は悪くはなかった。
名ばかりの跡取りとして城中から死を望まれるような状況になっても、弟だけは以前と変わる事無く、親しく接してきてくれる。

もっともその母親である現王妃が著しくそれを嫌がり阻止しようとするため、会いに来られるのはその母の監視が薄れた僅かな時間だけなのだが…。


だからこの感触は随分久しぶりで…というか、もう今の状況ではありえなさすぎて、幸せな夢を見ているのだと思った。

このまま…幸せな夢を見たまま眠るように死ねたらいいのにな…と思ったら、悲しくもないのに涙が出てきて、それがこぼれ落ちる目元に柔らかな布地があてられたところで、アーサはようやく違和感を感じて目を開いた。


「あ~、やぁっと目、覚めたか。何か食べられそうか?」
アーサーのものより落ち着いた色のグリーンの瞳が、ほっとしたように細められる。

アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド…。
男はフランに雇われた自分の護衛だ。

もちろんフランとて本当に自分の身を案じて護衛を付けているわけではない。
ただ自分が暗殺という形で死ねば、アーサーの母親の母国とこの国との間に戦争が起こる。
どちらが勝つとも言い切れない力関係で…それだけにいったん戦争ということになれば、双方無傷ではすまない。
それを避けたいのだ。

前に雇われた護衛の男もやはり少々変わった男で、自分が雇われた条件を明かした上で、まあ別に自分的にはアーサーを死なせたいわけでもなく、衣食住が確保できればそれでいい、アーサーが死のうが生きようがどちらでも構わないのだ、と、共同生活を申し出た。

結果、本人が望むと望まざるとに関わらず、巻き添えを食って暗殺者に殺されたわけだが……。

あれだけどちらでもいいのだと言ったわりに、最後は複数の暗殺者を引き受けてアーサーをフランの元に避難させたあたりが、本当は律儀で誠実な人間だったのかもしれない。

その後釜として雇われたアントーニョはもっとはっきりしていて、アーサーが要らないといってもアーサーの事を守りたいのだと訴えてきた。


『暗殺者に殺させないこと』
『周りの意思や影響ではなく、本人の意思で死にたいと思わせること』

そんな条件で雇うにしてはあまりに不向きな人材ばかり雇うフランはどこか頭がおかしいのか、著しく人を見る目がないのだと思う。


それとも…繰り返し自分に好意を向けてくれる人間を失う喪失感を味あわせたいとかそういう事なのだろうか…。

幼馴染の少女、ジャンヌが殺された原因は確かに自分にある。
だから親しい少女を亡くしたフランの喪失感をアーサーにも繰り返し味あわせたいのだとしたら、それはそれで納得が行く。

…そこまで嫌われたというのは悲しいことではあるけれど……



アントーニョは善人を絵に描いたような男だと思う。

顔も悪くないし護衛として雇われるくらいだ、剣もそこそこ使えるのだろう。
トマトを植えた手際を見ていると農業に従事してもよさそうだし、これだけ人当たりが良ければ商売人としてもやっていけるのではないだろうか…。

前任者のように自分のために無駄に死なせるのは忍びない。


「…何も要らない…欲しくない…」
アーサーはアントーニョの問いにそう答えた。
自分がこのまま衰弱して死ねば男は助かる。

いくらアーサーの事を疎んじていたとてフランは契約は守る男だ。

アーサーの死後、アントーニョは少しの罪悪感を抱えながらもおそらく一生遊んで暮らせるだけの金貨を手に、新しい…今度は善意を向ければ何かしらの実になる相手を見つけて幸せに暮らせるだろう。

「…食欲ないんはわかるけど、何か少しでも胃にいれたって?薬飲めへんから」
アーサーの言葉にアントーニョはそれでもひどく悲しげな顔をした。


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