「師匠、師匠も明日フランソワーズさんのお宅にいらっしゃるんですよねっ?!」
非常に爽やかな金曜日の放課後…。
桜が肩口で切りそろえた艶やかな黒髪を揺らしながらぴょんと、一歩ギルベルトの方へと飛び跳ねる。
屈託のない笑顔が可愛い小学校時代からの同級生。
5年生の時に転校してきて、内気な性格もあってクラスに馴染めずにいたのを、学級委員をしていたギルベルトが面倒をみてやっていたのがきっかけで、桜は何故かギルベルトの事を師匠と呼ぶようになり、今に至る。
清楚な容姿の大和撫子…ギルベルトの初恋の相手…でもあり、そして全く悪気なくギルベルトを女性不信へと突き落としてくれた張本人でもある。
「…いや…エリザから話はあったんだけどよ……」
と、従姉妹のエリザから誘いがあったが断った旨を告げようとするギルベルトの言葉を
「師匠と一緒に休日過ごせるなんて久々ですね~!
すごく楽しみにしてますっ!」
と、満面の笑顔で容赦なく退路を断ってくれた。
実に素直で実に清楚で実に可愛らしい。
理想的な女性だと思う……
…ただし………
………
………
………
ただし腐女子でなければ!!!
そう、あれはたまたま一緒に目指していた大学にお互い合格出来た合格発表の帰り道。
「師匠…実はずっとお願いしたい事があったんです…。
大学生になったら絶対に言おうって決めてて…。
だから…あの…大学の入学式の帰り、私の家に寄って頂けませんか?」
まだ2月で寒い中、白い息を吐きながら少し頬を染めてそう言う桜。
これは…大学と一緒に春が来たかっ!!
健全な男子高校生としては、そう思うのが普通だろう。
もちろんその場でOKを出して、春休みは本当に浮かれて過ごした。
なにしろ8年越しの恋である。
途中、好きな子が居ると言っても諦めてくれず、それでも良いからと泣かれて断りきれなくなって他の女の子と付き合った事もあったが、結局長続きせずに3カ月で別れ、それからはまた桜一筋。
桜の方はその間も特に男性と付き合っている様子もなかったので、大学を卒業して就職が決まってある程度自分の人生と相手の人生に責任を持てるようになったら告白しよう…などと気の長い事を考えていたのだが、桜の方から話が出るなら断って傷つける意味もないと思う。
将来が確定していなくても、よりよい未来に向けて全力で臨むまでだ。
と、そんな将来設計を思い描いて日々を過ごした。
そうして春休みが終わり、大学一日目。
入学式当日は理系のギルベルトと文系の桜はクラスは学部が違うし当然クラスも違うが、帰りは待ち合わせて一緒に帰った。
通りがかりの商店街…。
妙に薬局に目が行ってしまうが、いやいや、それは交際初日であり得ないだろう…そう脳内で否定して通りすぎる瞬間……
――師匠…あの…呆れないで下さいね?
と美少女の上目遣い。
――呆れる…?
――…私…エッチで……でも初めてなんですっ!高校卒業まではエッチなのはダメだって思ってたからっ!本当ですよ?
……ここで鼻血を出さない自分を褒めて欲しい…と、その時は思った。
え?え?なに?そこまで初日で行っちゃうのか???
内心の動揺を押し隠しながら、もう一度薬局に目を向けるギルベルト。
――あ~…別に呆れはしねえけど…ゴムとか買わなくて大丈夫か?
いきなり初日にそんな関係になるとかはさすがに思っていなかったし、桜がそういう物を用意しているとも思えなかったので聞いてみると、桜は耳まで真っ赤になって
――いえっ…初日でそこまでして頂こうとはさすがに思ってないのでっ!徐々に…ですね…
と、言う。
まあそうだろう。話の流れと初めてとか言う言葉でそう思ってしまったが、桜は交際初日でそんな事をする女じゃない。
ギルベルトはその返答に残念というよりはホッとした。
――…だよな。初めてとか言うからちょっと勘違いした。ごめんな?
と苦笑すると、桜はやっぱり俯いたまま
――いえ…最初だから大サービスとか、さすが師匠、男前だなと感心しました
と、笑う。
そこで違和感。
会話に違和感。
何か反応が………??
脳内を不可思議な感覚がクルクル回るが、それが何なのかわからない。
ここでもう少し考えておけば良かった…と、のちにギルベルトは後悔するわけだが、その時はまだ浮かれて恋愛惚けしていたのだと思う。
そうしているうちに到着する桜の自宅。
大きな日本家屋。
相変わらず立派な家だなぁと思いつつ、促されるまま離れの和室へ。
「私、席外してますから、そちらのバスローブに着替えて下さいね。
下着はつけていて頂いて大丈夫ですので」
と、適温に温められた室内でにこやかにそう言う桜。
へ??バスローブ???何だ???
ぽか~んとしている間に
「お茶でも淹れて来ますね~。
10分後に戻りますので」
と、ギルベルトをそこに1人置いて去って行く。
そうして不思議に思いながらも10分後。
何故かにこやかな会話の声が近づいてくる。
その中に聞き覚えのある声もあって、いや~な予感がするが、言われるままバスローブに着替えてしまったあとなので、逃げる事も出来ない。
ガラッと開くふすま。
「素敵っ!さすが師匠っ!すごい筋肉です~!!!
エリザさんから腐女子に免疫があって腐女子慣れしているとは伺っていたんですけど、よもやモデルして頂けるなんて…
やっぱり初R18作品なので、リアリティはもちろんですけど、素敵な体型の絵にしたいですもんねっ!
私頑張りますっ!!!」
今まで見たことのないほどの高いテンションで、キラキラした目でそう言われた時の気持ちと来たらもう眩暈がしそうだった。
まさに天国から地獄である。
騙されたっ!!!
と、その一言に尽きる。
正確には…エリザに騙された桜に騙されたと言うのが正しいのか……
エリザが腐女子な事は知っていた。
実はたまに原稿を手伝わされたりもしていたが、自分がモデルになるのは断固拒否していた。
何が悲しくて自分が男を抱く漫画を描かれなければならないのか…と思うのが普通だろう。
だが桜はそれを知らず、単にエリザからギルベルトが腐女子に理解があって頼めばモデルくらいしてくれると思うと言われて頼んできたのだろうし、自分は誤解していたとしてもそれを了承したのだから、それでも関係のない相手に不快な思いをさせるのは違う。
悲しいほどの理性でそう諦めたギルベルトはその日は黙ってモデルをして、それから1カ月はエリザと口をきかなかった。
結局、喧嘩友達で幼馴染だった従兄弟同士で自分にとっては両方兄姉のような存在の2人を心配したルートのために渋々許す羽目にはなったのだが、それ以来モデルの話はのらりくらりと断ってきたのだが……
「実はね、大事な師匠に私の大事な子を紹介したいんですっ!
少し内気さんだけど可愛くて…小学校の頃クラスに馴染めなかった私と仲良くして下さった師匠なら仲良くしてあげて頂けるかなぁって思ってっ」
と、もう本当に悪気なく言う桜に強くは言えない。
結局…ギルベルトはこういう内気で他に強く言えないようなタイプに頼られると弱いのだ。
あの頃のまま、どこかやはり人見知りでエリザやフランソワーズ以外にあまり友人がいなさそうな桜が、自分と同じように友人の少ない子と仲良くしてやって欲しいなどと頼んでくるのを本気で突き離せない。
そして……どうせエリザの差し金なんだろう…などと思いつつも、了承してしまうのが不憫で悲しい兄気質のギルベルトだった。
>>> Next (12月7日0時公開)
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