トマト
「あ~、俺ええもん持っとったわっ!」
何か楽しみに思えるキッカケになる物はないか…と思った時に、アントーニョは自分が常に持ち歩いている種の事を思い出して、部屋へ飛び込んだ。
そして自分が着てきた服のポケットを漁る。
「あ~、ちゃんと一緒に持ってきとったか~」
そこには小袋に入ったトマトの種。
トマトと言うと苗で育てるイメージが強いが、種からも当然育てることは出来る。
この種は、あの子が小さい頃に一緒に植えていたのを懐かしんで、つい最近入手したものだ。
「これこれ、これをな、この端っこにでも植えてええ?」
と小袋の中から種を取り出すと、アーサーは刺繍の手を止めて物珍しげにアントーニョの手の中の種を覗きこんだ。
「いいけど…なんの種なんだ?」
「トマトやで~。一緒に植えへん?昔な、よお面倒みとった子と一緒に植えてん。」
少し遠い昔に想いを馳せると、アーサーは、
「芽が出るまでは植木鉢で育ててやったほうがいいかもな。」
と、結構乗り気な様子で、刺繍の道具を置いてどこからか鉢を持ってきた。
「自分…土いじりなんかするん?」
アントーニョが意外に思って聞くと、アーサーはゴキゲンで
「ああ。そのあたりの薔薇は全部俺が植えたんだ」
と庭をぐるっと囲んでいる薔薇を指す。
「そっかぁ。ほならそのあたりは気が合いそうやな。」
初めてくらい楽しそうなアーサーの様子を見て、アントーニョはホッとした。
まだ楽しいと思う気持ちがあるなら、手遅れではないのかもしれない。
「実がなったら一緒に収穫して食おうな~」
と、声をかけながら、アーサーに半分種を渡し、一緒に植えた。
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