青年のための白銀の童話 第一章_5

決壊


「やっぱり…捕まったのか……」

護衛として王子の部屋の続き部屋に一室与えられたアントーニョを迎えたのは、さきほどの少年だった。

少し伏し目がちに小さくため息をつきながらそういう様は、なるほど、薄幸さが漂っている気がする。

「自分の護衛役仰せつかったんや。ま、はからずも仕事見つけられたってことやなっ」

さきほどの話を王子に聞かせるのはもちろんタブーなわけだが、そうじゃなくてもそんな空気を悟られたくなくて、アントーニョはことさら明るい口調でそう言った。

しかしそれが少年の心の何かに触れてしまったらしい。
綺麗な大きな瞳からポロリ…と涙が零れ落ちた。

「ちょ、なんなん?そんなに俺が嫌やったん?」
慌てるアントーニョに少年はふるふると首を横に降るが、涙は止まることなく、やがてしゃくりをあげながらその場にしゃがみこんでしまう。

ずっとこらえていた何かが決壊してしまったように泣き続ける少年の背を、アントーニョはなだめるようにさすってやった。

声を殺して泣く様子が痛々しくて、今日一日で凍りついていた何かが溶けていく気がした。

「なぁ、なんか悲しい事あったん?しばらくはどうやったって俺は自分と一緒におるんやから、言ったって?」
オロオロと頭を撫でながら少年に話しかけると、少年はまたフルフルと頭を横に振る。

どうして良いかわからず散々オロオロした挙句、アントーニョはよっこいしょと掛け声をかけて、少年を抱き上げると、ソファに座り、自分の隣に少年を下ろした。

そしてそのまま少年が落ち着くまで色々声をかけながら頭を撫で続ける。

「とりあえずな~、自己紹介まだやったやんな?俺はアントーニョ・ヘルナンデス・カリエド言うねん。普段はトーニョって呼んだってな。自分は?王子様って二人おるんやろ?なんて呼んだらええん?」

とりあえず当たり障りのない…答えやすい言葉からかけていく。
そのあたりは伊達に長く人見知りの子どもの相手をしてはいない。
それからゆっくりと待っていると、少ししゃくりがやんで、ぽつりと言葉が返された。

「アーサー…」
「ふ~ん。アーサー王子かぁ…」
「…王子は要らない…長いし…」
と、うつむいたままフルフルとまた首を横に振る。

「おっしゃ、せやったら、アーサー呼ぶな。で?なんで泣いとるん?」
アントーニョがさらに聞くと、アーサは泣きすぎて赤くなった鼻の頭や頬と同様に、今度は耳まで赤く染めた。

「別に…泣いてないっ!」
と、どう見てもその言い分は無理があるだろうという主張を拗ねたような口調で言うのに思わず笑いそうになるのをこらえながら、アントーニョが
「う~ん。じゃ、聞き方かえよか~。なんで俺が護衛につく言うたらそんな不機嫌になったん?」
と、さらに聞くと、アーサーは少し息を飲んで押し黙った。
そしてオズオズとアントーニョを見上げる。

「なん?」
その視線に気づいたアントーニョが安心させるように笑いかけてやると、アーサーは照れたようにふいっと視線を反らした。

「…今からでも遅くないから…逃げろ。俺の護衛をするって事はこの城中の人間を敵に回すって事だ…。前の護衛も金に釣られて引き受けて、1週間もたたないうちに殺された…」
しかしそう口にした時には顔からはすでに血の気が引いていた。
大臣にあった時と同じように青ざめた顔…思えばあれはおそらく自分が大臣に何かということを恐れていたわけではなく、アントーニョがこういう事になるのを恐れていたのだろう。

もしかしてあの子も…あの子自身はそうと知らず、今頃自分を案じてくれていたりするのだろうか……。

諦めた…と思いつつも事あるごとにそんな風な考えが脳裏をよぎる自分に、アントーニョは苦笑した。
結局自分は割りきれてなどいない、諦めきれてなどいないのだ。

「ま、そういう事なら大丈夫やで」

もう会えないあの子に言い聞かせるように、アントーニョはアーサーに視線を合わせて笑いかけた。

「俺な、めっちゃ強いねん。強すぎて変な奴に目ぇつけられて陥れられる程度にはな。
せやから…まあ殺される事はないわ。引き受けたからには城の貴族くらいからは自分ちゃんと守ったるから安心し?」

素直でないあの子は決して嬉しいとは言わなかったが、表情を見れば嬉しいという顔をしていたのだが、アーサーはアントーニョのその言葉を聞いた時、悲しげに首を振った。

「…守らないでもいい……。俺の事は守らないでもいいから…自分の命だけ大事にしとけ。」
それは引かないアントーニョに対する諦めにも似た響きを含んでいる気がした。

また為す術もない状況にぽつりぽつりとアーサーの白い頬を涙が零れ落ちていくのを指でぬぐってやりながら、アントーニョは

「両方守るくらいの力はあるから、気にせんどき」
と、その頭を引き寄せて、その丸い頭にチュッと小さくキスをおとした。


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