交渉
「それで?お前は何者?…ああ、庭師などと言うやりとりはやめてね。俺は無駄なやりとりで時間を潰すのは好きじゃないから。」
城に入るとどこからともなく左右に衛兵。
あまり気分は良くないが、それで怯えるような生き方はしていない。
衛兵の呼び名から男が大臣だということもわかり、なるほど、そういう事か…と思った。
王族を超えた権力を持つ大臣がいる国というのは珍しいものでもない。
「あんな、正直に言うのはかまへんのやけど…自分らが信じてくれるかどうか自信はないねん。」
隠すだけ無駄だ。
そうは思うが、別世界から飛ばされてきたなどというおとぎ話のような事を、この男は信じるだろうか…。
漠然とそんな事を思いながらも、アントーニョは隠す事でもないと、自分の生い立ちから城を追われるまで、そしてこの城に飛ばされたらしい経緯を余さず話した。
「なるほど。お前は王位継承争いに利用された挙句城を追われ、ここにたどりついた。ようはお前は王族や貴族に良い感情を持っていない…そう思っていいわけだよね?」
「まあ…間違ってへんけど、それ信じるん?」
半ばやけくそに近い気分で話したわけだが、大臣はそれをはなから疑う事はしていないようだ。
「別世界うんぬんは別にしてね。とっさにそこまでの嘘を作り上げるタイプの人間ではないな。どちらかと言うと机上で画策するより、自己申告通り外で武器を振り回してきた身体をしている。」
とってつけたような感情のない人形のような笑みを浮かべて言う大臣に、見透かされている気がして若干の居心地の悪さを感じた。
「じゃ、信じてもろたらしいとこで、この国どうなっとるん?さっきの子、王子言うとったけど、あんたさんの方がなんや偉そうやんな?」
ポリポリと頭を掻きながら言うアントーニョに、周りの兵がガタっと動くが、大臣はそれを軽く手で制した。
「自分がどうなるかより、ここの状況が知りたいとは面白い男だね。」
大臣は相変わらずニコニコと…しかし目だけ油断ない光を放っている。
「あ~、もう俺は死ぬとこやってん。別にいまさら怖いもんもないわ。
ただ好奇心ちゅうもんはあれやな、死ぬ瞬間まで消えへん人間らしいわ。」
アントーニョの返答に大臣の顔から笑みが消えた。
「よろしい。取引はどう?」
「取引?」
この状況で何を言われたところで、アントーニョには拒否権などないと思う。
が、一体どうしたいのだろうか…アントーニョがちらりと問いかけるように視線を向けると、大臣は今度は何かを企んでいるような…意思を持った笑みを浮かべた。
「そうだよ。まずこちらの条件として…お前が俺の要望を聞き入れて依頼を達成した暁には、俺はお前に金貨一袋…そう、普通の人間なら遊んで暮らせる額だ…と自由にこの国を行き来できる通行証をあげるよ。
それを持ってこの国で暮らすのも、他国に行くのもお前の自由だ。」
まあよくある取引の条件だ。
と、アントーニョは冷めた目で思う。
「で?俺に何させたいん?」
「何、簡単なことだよ。さきほどの王子…アーサー王子を死なせて欲しい。」
あ~やっぱりか~とアントーニョは思う。
同時にやっぱりこいつは賢そうに見えても自分を舐めてるのか…とも
「あんなぁ。死なせて欲しいやなくて、殺して欲しいの間違いやないの?
さらに言わせてもらうなら、王族なんか殺したら俺確実死刑やん。」
呆れ返って言うアントーニョに、大臣は肩をすくめる。
「殺すなんて物騒な。間違いじゃないよ。殺さず、死なせて欲しいんだよ、俺は。」
「どういう意味なん?」
眉を寄せるアントーニョに、大臣は話始めた。
「この国には二人の王子がいる。
先妻の子、第一王子と、現王妃の子、第二王子だ。
そして先妻は他国の王族、現王妃は王の従姉妹だ。
どちらの子を皆が次期王として望んでいるかはわかるだろ?
しかしこの国は王位継承争いなどで国を弱体化させるのを防ぐため長子制をとっていて、どういう状況であろうと第一子が国を継ぐことになっている。
ということでとても第一王子は邪魔なわけだが、かといって国内で暗殺されたなどと言う事が起こって国が乱れるのは本意ではない。
あくまで自然死…もしくは本人の意思で亡くなって欲しいんだよ。」
「…えげつない話すぎて反吐が出るな。」
アントーニョはため息を付き、衛兵はまた剣を構えたが、大臣はそれをまた制した。
「まあ最後まで聞けよ。
俺だけでなくほぼ全てといっていいほどの貴族が第一王子の死を望んでいる。
そして…中には短慮な者もいて、とにかく王子が死ねば問題が解決すると思い、さきほどのお前の話のように機会を見つけて“殺す”という手段を取ろうとする者もいなくはない。
しかしお家騒動は繰り返すが他国につけこまれる元になるし、第一王子の母親の国に我が国を攻める大義名分を与えることになる。
だから…俺がお前に望むのは
“暗殺者から王子を守ること”
と同時に
“王子自身が死ぬことを望むように仕向け、あくまで周りの意思ではなく、本人の意思による死とわかる形で死なせる事”
以上の一見矛盾している二つの事だ。
それをやりきって王子が亡くなった暁にはさきほど言った通りの褒美を取らせよう。
お前の選択は二つに一つだ。
引き受けるか死か…もちろん失敗したら死が待っているけどね。」
「それ…もう選択の余地ないやん…」
なんだか悪魔に取引を持ちかけられている気分だ。
まあ死ぬという選択も今更絶対に避けたいわけではないのだが、それ以上にアントーニョの中で好奇心がムクリと頭をもたげつつあった。
「ま、ええわ。引き受けたる。表向きは王子の護衛っちゅう事でええんやんな?」
ため息混じりにそう告げると、
「もちろんっ!いい働きを期待してるよ。」
と、大臣はいい笑顔でそう答えた。
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