疑念
アントーニョが寝ていたのはどうやら城の中庭らしい。
一面のバラ園を抜けて少年が向かったのは、城の裏庭。
そこはどうやら使用人達の宿舎があるらしい。
「夜遅くまで働いて帰る者用に、中からは出られるけど外からは衛兵を呼んで開けてもらわないと入れない…そういうドアがあるんだ。」
道々少年がそう説明する。
家でいうといわゆる勝手口のようなものらしい。
建物を横切り、城を囲む塀の一角にどうやらドアのような物が見えてきた時、いきなり二人を眩しい光が照らした。
「こんな夜中にどこに行かれるのかな?王子様は」
その声の主を少年は知っているらしい。
顔色を青くして、それでも後ろのアントーニョに小声で
「さっき言った事、覚えてるな?かかわるなよ?」
と念を押すと、自分は一歩前へ踏み出した。
「散歩をしていただけだ。寝付けなくて…」
と、少年が踏み出した先には、立派なローブを着た男。
年の頃はアントーニョと同じくらいだろうか…。
サラサラと肩まで伸びた少年のものよりも明るい金髪に海のように深い青い瞳。
キラキラ…という形容詞が似合いそうな美しい青年だ。
そして、その男はちらりとアントーニョに目を向けた。
「そちらの男は?見慣れない顔だけど?」
何か企んでいるような視線で睨めつけられて、アントーニョはヒヤリと背中に冷たい汗をかいた。
「庭師だ。新しい庭師だから庭の様子を細かく見ていたらこの時間になってしまったらしい。だから使用人用の戸口まで案内してやっただけだ。」
スラスラと淀みなく答えるが、後ろから見ると握りこんだ手が微かに震えているのがわかる。
よほど恐ろしい相手なのだろうか?
「そう。わかったよ。」
男がニコリと笑みを浮かべる。
美しいがゾッとするような笑みを。
「それじゃあ今日はその者は城に泊まらせようね。俺も庭についての話が聞きたいし。」
「いや…それはっ…」
「庭師…なんでしょ?」
男は少年を王子と呼んだ。
本来上の身分であるはずの少年が何故ここまで男を恐れるのだろうか。
焦り、青くなる少年と対照的に、アントーニョの心は穏やかだった。
元々死ぬところだったのだから…もう失うものなどないのだから…という開き直りと同時に、アントーニョの心は好奇心で満たされていた。
そう…むしろそれを満たすために死ぬのも悪くはない…そんな気分だった。
「…悪い…本当にごめん……でも本当に俺とは無関係だから…それだけは飽くまで主張しろ…」
可哀想なくらい震える声で少年はそう言うと、アントーニョから離れた。
こうしてアントーニョは少年から引き離されて、王城の中へと案内された。
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