青年のための白銀の童話 第一章_2

天使の牢獄


ぼ~っとした意識の中に入ってきたのは微かな痛みと良い匂い。
柔らかな布の感触の心地よさに思わず頬ずりをすれば、ビクリと頭の下の何かが身じろぎをする。

え?
動いた事に驚いてスペインが目を開くと、同じように零れ落ちそうなくらい大きな目を丸くした子どもがアントーニョを見下ろしていた。
どうやらこの子どもに膝枕をされていたらしい。

「自分…誰?」

ムクリと起き上がって、アントーニョは包帯の巻かれた両手に目をやり、次にもう一度子どもに目を向けた。

アントーニョの質問に子どもはちょっと困ったように口元をモゴモゴと動かす。
返答が来るまでにはまだ時間がかかるのだろうか…。

アントーニョが可愛がっていたあの子も人見知りで、言葉を発するまでに随分と時間のかかる子だった。
そんな事を思い出してアントーニョは自嘲した。
もう二度と会うこともなく、完全に縁が切れた相手だ。
今の自分にあるのは、空虚なこの身と今自分が置かれている状況への僅かな好奇心、それだけだ。

優しく悲しい思い出を振り切るようにアントーニョは目の前の子どもに意識を向けてみる。


可愛らしい子どもだ。
おそらく年の頃は12,3,歳くらいだろうか…。

ぴょんぴょん跳ねた落ち着いた色合いの金色の髪。
透けるように白い肌。

まつ毛は長く濃くクルンと綺麗なカーブを描いている。
その下の大きな丸い瞳は木漏れ日に揺れる新緑のような明るく優しい色合いで、ふっくらとした頬は薔薇色に染まっている。

全体的に少女のような印象を受けるが、広い額の上で弧を描く眉毛がとても不似合いに立派なので、少年かも…と思わないでもない。

どちらにしてもまだ性が確定しないような、中性的な空気を纏う年齢の子どもであることは間違いない。

月明かりの下に照らし出される華奢な身体は白い上等の絹の服…寝間着かもしれない…に覆われていて、背中に天使の白い翼がないのが不思議な感じがするくらいだ。

「…知らない方がいい……」

アントーニョがそんなことを考えていると、その可愛らしいピンクの唇からそんな言葉が漏れ、アントーニョは一瞬首をかしげる。

ああ、そうか。さきほどの自分の質問への答えか、と、思い当たり

「なんで?」
と聞いてみる。

すると子どもは心底困ったようにうつむいた。

「巻き込まれるから…。俺に関わらない方がいい。」
その言葉で、ああ、男の子やったんやな、と、ぼんやりと思う。

まあとりあえず同性なら、こんな時間に二人きりというのも問題はないだろうと少しホッとした。
…が、まあ問題は根本的には解決はしていない。

「ん~、でも俺実はここがどこかもわからへんし、これからどないすればええのかもわからへんねん。別の場所におったはずやねんけどな、気づいたらここで寝ててん。」

一部省略したが、嘘はついていない。
雲をつかむような漠然としたアントーニョの説明も少年は疑うことなく、ただまた考え込んだ。

「すまない…。何も力になれないけど…これを…」
と、少年は首から何か外して、アントーニョの首にかけた。

「これは?」
かけられたものは黄金の台座の真ん中にルビーの嵌めこまれた十字架。
宝石とかに詳しいわけではないがそれがかなり高価な物であることは、アントーニョにもさすがにわかった。

「旅の路銀の足しに。売れば幾ばくかにはなると思うし、もし城の関係者じゃないなら、なるべく早くここを離れた方がいい。この城を出て東へまっすぐ進めば街に出る。
そこでそれを換金して、さらに東に行けば大きな街に出られる。
そこなら仕事もみつかるんじゃないか?」


真剣な顔でそういう少年。
何故おそらくたまたま見つけただけの自分にここまで親切にしてくれるのだろうか…。
おそらく昨日までのアントーニョならただただ優しい少年だと思い、感謝の意を述べ、言われるまま街に向かっただろう。

しかし…彼は知ってしまったのだ。

親切の裏には何か目的がある。
ただの好意より高いものはないということを…。

「ふ~ん…じゃあ悪いけど、城の外まで案内したって?
ここが城の中言うんやったら、俺一人で歩いとったら捕まってまうやん」
油断なくそう答えて少年を立ち上がらせると、アントーニョは自分はその後ろに立った。

少年はそれにもこれといって抵抗を見せなかったが、ただ歩を進める前にアントーニョを振り返って、

「もし誰かに見つかったら、絶対に俺の知り合いだって言わないほうがいい。そうだな…庭師で城の庭で仕事をしていたら俺と偶然会って道案内を頼んだとでも言うといい。」
と、また関わり合いにならないようにと念を押すと、前に立って歩き始めた。

どこか悲しげな表情、何か諦めたような声音には気づかないふりをした。
他人の痛みを察してやるにはあまりにもアントーニョの心は満身創痍だった。

これ以上傷つきたくはない…裏切られたくはない。
その二つの欲求だけがその心を満たしていたのだ。





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