青年のための白銀の童話 第二章_1

ぬくもり


夢を見た…。
小さな子どもと過ごした頃の夢。

アントーニョが育った国でもやはり二人の王子がいた。
それぞれが、司令部、現場と軍を二分する二人の将軍の血縁で、アントーニョがよく護衛と称して世話をしていたのは、現場の権力者である将軍の甥、第二王子の方だった。

アントーニョの黒髪と浅黒い肌は上層階級の色素の薄い容姿とは目に見えて違っていたので、内部での待遇はとにかくとして、外部的には子どもが小さなうちは雑用を司る下男くらいの扱いで、子どもが大きくなるにつれて、そういう者をあまり親しく身の回りに置くのは対面的によろしくないだろうということで、別の仕事へと付かされた。

それが子どもが15歳の誕生日を迎えた日の事である。

それからは子どもと親しく話す機会もなく、遠目で立派に育っていくその成長を秘かに喜んだりはしていたが、やはり幸せな思い出として思い出すのは、その15歳になるまで一緒に過ごした日々だ。

そしてまた、その逆にひどくうなされるような悪夢としてしばしば登場するのは、やはりその15歳の誕生日。

それまで兄のように慕って、時には一緒に庭いじりをしたり剣の練習をしてみたりと、ラフな格好で遊んでいた子どもが、立派な服を着せられ、自分から離されていく。

その後はあの優しい日々がまるでなかったかのように…子どもは貴族に囲まれて、あの頃の無邪気な笑みとは真逆の洗練された笑みを浮べていた。

自分が守り育てた子どもが立派に成長した事に誇らしさを感じつつも、あの優しい時間が自分以外の中から完全に消されてしまったような喪失感に常に苛まれる日々。

寂しい…悲しい…以前ならそう感じると当たり前にぬくもりを分けてくれたあの小さな子どもはもういない……。


素直でない子どもは普段はアントーニョが手を伸ばすとジタバタとその抱擁から逃れようとするくせに、どこかアントーニョの気分が沈んでいるとそれを敏感に感じ取り、黙って抱きしめられていてくれる…そんな繊細なところのある子だった。

今ぼんやりと…何故か物悲しい気分で手を伸ばしてみると、子どもは駆け寄ってきて、腕の中に収まってくれる…ただそのぬくもりが愛おしかった。


『…大丈夫か?傷…痛むか?』
すぐ側で聞こえる声は抱きしめたはずの記憶の中の子どもの声ではなく、アントーニョは驚いて目を開いた。

「あ…あれ?」
一瞬状況がつかめずキョロキョロと周りを見回すアントーニョ。

目の前にいたのは茶色の髪のあの子ではなく、金色の髪の少年。
ただ、抱きしめた時のぬくもりの温かさが妙に似ていて、アントーニョはまだ混乱したまま、その細い体をしっかりと抱き寄せていた。

「目…覚めたなら起きないか?」
もぞもぞと腕の中で居心地悪そうに身動ぎをする少年は、それでも離せとは言わなかった。

「あ…堪忍な。ちょお夢見ててん。」
名残惜しいがいつまでもこのままいるわけにも行かず、アントーニョはアーサーを放して体を起こした。

どうやらうなされていたアントーニョの様子を見に来たアーサーを引き込んでしまったらしい。
アーサーの方はもうきっちり服を着ている。

「故郷の夢…か?」
自分もようやく開放されて身を起こしながら、覗きこんでくる大きなペリドットの瞳は、心配そうな色に揺れていた。

子どもというものは時に残酷なのに、どうしてこうも純粋で優しいのだろう…と、アントーニョは内心ため息をつく。
もう他人に心を許すまい、と、あれほど思ったにも関わらず絆されてしまいそうな自分がいた。


「起きたなら着替えて隣室に来い。食事用意してあるから。」
と、くるりと反転して出ていく後ろ姿に、アントーニョは慌てて寝間着を脱ぎ捨てると服を着た。



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