それだけの事で嘘の様に幸せな気分になる。
起きていると素直でないその口は今は小さく開いてすぅすぅと可愛らしい寝息をたてていた。
本当にあどけない寝顔。
これを抱いてしまったのは少し問題だっただろうか……
曲がりなりにも自分の方は20歳を超えていて、そのあたりの倫理観に気を使わなければならないのはもちろん自分の方だ。
まあ…一応ここでは15歳から大人扱いだし?
こいつこんな子どもみたいな顔していても16歳だし?
うん…同意だったら大丈夫だよな……
なんて考えて、そんな事を思ってもこみ上げてくる幸せな気分にギルベルトは顔をほころばせた。
いつの頃からか男同士の恋愛にはまったエリザから散々色々聞かされて無駄に増えたと思っていたその手の知識がこんなところで役に立つとは思わなかった。
そして…何故か『世の中なにがあるかわかんないんだからね。持っておきなさいよ』と、エリザに渡されたその時に必要なグッズの数々も…
いや、本当にエリザ様々だ。
自分がお館様だった頃なら跡取りを作れない恋人なんて許されなかっただろうが、おかげ様でお館様から脱落して久しく、さらにジャスティになんかなってしまえば普通の家庭を持つ事なんて難しい。
そう考えたら同性であることなど無問題である。
幼いあの日…あれだけショックで心に傷を残した出来事が今更幸いするなど、本当に世の中なにが起こるかわからないものだなとギルベルトは思った。
絶対的に生きなければならないし、そのために全力で家臣に守られていたお館様としての生活…
それよりもずっと不安定でいつ死ぬかわからないジャスティスの生活だが、そちらの方が大切なものを失くすことがないであろうというのは、なんとも皮肉なものである。
そう…自分の行いとは無関係にいきなり大切なものを取りあげられたりする事はここでは起こらないのだ…そう思うと心底ほっとした。
「...う...ん?」
愛おしさと子どもじみた独占欲から思わず強く抱きしめると腕の中でアーサーが少し眠そうにギルベルトを見上げた。
「グーテンモルゲン」
ギルベルトが言うと、アーサーはまだ寝ぼけているようで二三度目をパチパチする。
まだ状況がつかめないようだ。
そう、アーサーは寝起きが宜しくない。
しっかり目が覚めるまでに少しばかり時間がかかる。
それはアーサーが極東から来たその日から同じ部屋で寝泊りをして知ったことだ。
おそらく他には姉弟のように一緒に育った桜しか知らない。
いつもアーサーと仲良く連れだって女性陣からその愛らしさゆえに2人あわせて天使組と命名されているらしいフェリシアーノだって知らないだろう。
ましてやあの時のあんな顔…ギルベルト以外は絶対に誰も知らない…
切なげに寄せられた眉の下で欲と羞恥のはざまで潤んだ淡いグリーンの瞳も、可愛らしく啼く若干高めの甘い声も、のぼりつめる瞬間のまだ幼げなのに匂い立つような色気を放つ表情も……
全てを知っているのは自分だけだ…。
そんな事を思い出したら一気に身体が熱を持つ。
が、初めてで随分無理をさせた気がするのでこれ以上は絶対に負担はかけられない。
「茶、いれてくるな。食事も簡単なもん作って持って来てやるからこのまま待ってろ」
と言ってギルベルトはアーサーの額に軽い口づけを落とすとベッドから出てキッチンへと向かった。
退院したてなのに致してしまった事もあるし、今日は部屋でゆっくりしてもらって、明日は元気があればデートでもして指輪でも見ようか…。
とりあえず手順としてはそれだ。
本当は身体を重ねる前にやっておかなければならない事だったのだが、まあ仕方がない。
数カ月の交際期間にデートを重ねて、その後指輪を手にプロポーズ。
婚約期間をさらに数カ月。
そして正式に結婚……
お館様時代には当然のように婚約者がいて交際期間も何もなかったが、ルートがそろそろ正式にお館様になれる年になった頃には当たり前に自分はそう言う意味では自由になるのだと思っていたら、ジャスティスに召喚。
それで完全に実家のしがらみがなくなった時点で改めて自分の人生設計をたてなおそうと思って読んだハウツー本には、結婚までの流れがそんな風に書いてあった。
非常に自由奔放に見えて実は根っからの真面目なマニュアル人間のギルベルトは、それを実践する気満々である。
先に身体を重ねてしまったからには、可及的速やかにデートを繰り返して婚約までは持って行かねばならない。
そんな予定をたてながら自室の冷蔵庫にストックしておいた食材で朝食を作る。
食堂で食べる事もまああるが、ギルベルトはたまに他人といるのがおっくうになって自炊をすることもあるので、料理は出来るのだ。
そうして作った朝食を手に寝室に戻ると、ベッドの上でお気に入りのティディベアと戯れる恋人の図。
昨晩自分の下であんなに乱れ啼いていたのがうそのように、あどけなく愛らしい。
…は~ら減った、腹減った~♪
などと歌いながらゴロゴロとベッドの上を転がりまわっている図は本当に子どものようで、その可愛らしさに思わず小さく吹きだしたら、ムッとした顔でぷくぅ~と膨れた。
「何笑ってんだよっ!腹減ったっ!さっさと飯寄越せ!!」
と上から目線で言われても、わかった、わかったと笑みがこぼれおちてしまう程度には可愛らしい。
だってこれはギルベルトだけの恋人なのだ。
誰かに理不尽に取りあげられたりする事はもうない。
諦めて手放さなくても良い大切なものだと思えば、たいていの事は許せてしまう。
「ほら、俺様が食わせるんだろ?」
と、サイドテーブルにトレイを置いて匙を取れば、さきほどまであれほどぎゅっと抱きしめられていたティディはお役御免で枕元に置き去られる。
勝ったっ!…と、ふふんとそれに視線を向けるギルベルト。
たかだかヌイグルミに嫉妬とは心が狭いと言うなかれ。
初めて身体を繋いだ翌朝の恋人に関する事となれば、男なんてどこまでも心が狭くなるものである。
こうしていつも通りにあ~んと恋人の小さな唇に匙を運ぶ。
しかし前日までと違う。
あの唇があの時…と思うと、ただの食事風景もなんだか色っぽく思えてきてしまって困る。
「…?ポチ、どうした?」
なんて、恋人様はそんなギルベルトの葛藤に全く気付く様子もなく、きょとんとあどけない表情を見せるから、間違っても匙を放り出して襲ったりなんてできるはずもなく…幸せだがなかなか忍耐を迫られる。
だから
「いや?別に。
ただ幸せだなと思って…」
と、なんのこともないように笑ってみせると、
「…っ!……恥ずかしい奴」
と、途端に赤くなって言う恋人を見て、なんだか以前、梅に見せられた少女漫画の1シーンのようだな、などと思って苦笑した。
そんななんとも甘酸っぱい朝食時間が終わって、さあ後片付けを…と思っていると、空気を読まずに鳴る電話。
「俺様は今日は動かねえぞ」
と、エリザの番号なので内心感謝に手を合わせながらも自分の側の予定を強く主張してみたが、
『お願い…本当に悪いと思ってる!でもあたしじゃ無理っ!
埋め合わせは今度絶対にするからっ』
と、普段上から目線なエリザにしては随分下手で、よほどの事なのだろうと判断してギルベルトは諦めのため息をつく。
「わかった。すぐ行く。今どこだ?」
と聞くとブレイン本部との事で、なんとなく要件はわかった気がした。
「悪いな、タマ。
たぶん内部のごたごたにエリザがお手上げ状態でお呼び出しだ。
別に戦闘とかじゃねえからすぐ戻ってくるから…」
エリザとの通話を切ってそう言えば、アーサーはすでにベッドの外で
「俺も行く」
と、着替えを始めている。
「え?別にタマは待っててくれていいぜ?
怒鳴りつけてすぐ戻ってくるから。
その…身体…辛いだろ……」
焦って言うギルベルトだが、後ろから抱きついたアーサーが
――…今日くらいずっと一緒にいたいもんだろ、普通。……察しろよ…
と、顔は見えないがきっと真っ赤になっているであろう様子で言うのに、このまま抱きしめていちゃついていちゃついて…と出来なくなった元凶のエリザを、ギルベルトは少しだけ恨んで、結局アーサーを伴ってブレイン本部へと急いだ。
Before <<< >>> Next (12月4日0時公開)
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