「…なんであの爺の話を受けたんだ…」
帰りの車の中でもずっと難しい顔で無言。
そして寮に帰っても早々に自室にこもったギルベルトは、そこで冷静になろうとしばらく1人でいたが、結局納得がいかなくて、アントーニョの私室を訪ねた。
アントーニョはリビングのソファに座っていて、午後の陽ざしを浴びながらアーサーがその膝に頭を乗せて寝息をたてている。
誘拐事件からまだ二日なのに随分和やかに…と思いつつよくよく見ると、いつも一歩引くようなアーサーが、しっかりとアントーニョの片手を握り締めていて、
「…密着しとったら怖ないみたいや。」
と、柔らかくアントーニョが笑う。
ああ、平気なわけでは全くなかったか…と、とりあえず最優先であるアーサーの心の平穏を保つべく努めなければならない時に言って良いものかとギルベルトも一瞬迷うが、アントーニョが視線だけは飽くまでアーサーに向け、空いている方の手でその黄色い小さな頭をゆっくり撫でながらも
「ギルちゃんも話があったんやろ?
ジジイの事あたりか。」
と、まさに用件をあてられたため、ギルベルトも冒頭の台詞を吐いたわけである。
それに対してアントーニョは
「あー、やっぱりそれやったか。ギルちゃんらしいわ。」
と、クスリと笑う。
「お前のこと必ずしも善人っつ~わけじゃないとは思ってっけど、ああいうのに加担したりする奴でもねえって思ってたのは、俺様だけか?」
そう、アントーニョは目的のためには手段を選ばない男だ。
自分の目的のためなら大事の前の小事とばかりに、善とは言い切れない手段もしばしば取る。
それは長い付き合いでわかっているし、納得もしている。
だが、今回は終わったはずだ。
犯人は捕まり、事件は終わり、三葉商事と関係を結ばなければならない理由はない。
あるとしたら…単なる欲だけだ。
そんな物のために敢えて巨悪の手先のような立場に自らなるというのが、ギルベルトには考えられない。
が、そんなギルベルトの不信も当然のように見越しているらしく、アントーニョは慌てたり困ったりする様子は全くなかった。
相変わらず静かにアーサーの頭を撫でながら言う。
「んー、気に食わん企業やったら、乗っ取ったらええやん?」
「はあ??」
思ってもみなかった返しに、ギルベルトはぽかーんと馬鹿みたいに口をあけた。
「大企業には珍しくオーナー社長の権限の強い企業や。
ある程度引き継いだ時点で好きにさせてもろたらええねん。
あれは…乗っ取り相手としては優良企業やで?」
にこにこと当たり前のようにそう言うアントーニョに、ギルベルトの顔はひきつった。
「おま……そんな簡単に……」
「アーティ守るにも基盤は必要や。
国家権力の上の方に親がおるギルちゃんや、世界のあちこちにコネのある有名デザイナーの親がおるフランと違って、親分はおっちゃんだけやしな。
おっちゃん生きとる間やったら好き勝手させてもらえるけど、死んだら妹の孫やしな、おっちゃんの企業に対しての権限はなんもあらへん。
せやからおっちゃんが存命で威を借りれるうちに基盤作っとかなあかんからなぁ、なんかないかと探しとったところに、渡りに舟やん。」
ああ、確かに…。
アントーニョの言うおっちゃん、大伯父の財閥と三葉商事なら、若干大伯父の財閥の方が力は上だし、三葉商事の社長自身が跡取りと定めているとしても、その威を借りれるかどうかで、自由にできるようになる年月が違ってくるだろう。
「おっちゃんのすごさが知れ渡っとるうちにな、それに似とる言われとる事を最大限に活用して、速効で自分の手中に置かせてもらうつもりや。」
飽くまで静かな口調で、なのに酷く恐ろしく強く敵う気がしないような雰囲気が、そこにはある。
ああ、そうだ。
最初はトップを目指していたはずの自分が、ナンバー2に甘んじようと思ったのは、この男のこういう底知れぬ部分を感じ取ったからだった…と、ギルベルトは今更ながら思いだす。
そんなギルベルトの内心を見透かしたように、アントーニョは恫喝するより不穏な迫力のある笑みを浮かべて
「というわけでな、ギルちゃんも色々協力したってな?」
と静かに言った。
【世界を制する野獣】…そう言えば今ではすっかり丸くなったように見えるアントーニョの大伯父はそんな2つ名で呼ばれていたらしい。
直系の子孫ではないくせに、誰よりもその大人物に近いと言われる子孫…。
…ああ、俺様も平和な一生は送れそうにねえな。
と、冷やりとしたものが背中を伝うが、野獣を上手に誘導して世界を制するというのも、また悪くはない。
「とりあえず…正式に継いだ時には敵対勢力の追い落とし、それまではお前が向こうにいる間のお姫さんの護衛が仕事っつ~感じか。」
腹が決まってしまえば自然に浮かぶ笑み。
「ギルちゃんのそういう回転と割り切りの早いとこ、めっちゃ好きやで。」
と笑う魔王。
そしてその手の内の天使の健やかな眠りを守るため、ギルベルトはもう一人の悪友、フランシスにも協力をさせるべく、アントーニョの部屋を後にした。
こうして幕を閉じた高校生連続殺人事件だが、これはまだ4人が遭遇する事件の入り口にすぎない。
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