ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん【後編】_10

ロミオとジュリエットと迷探偵


初めて死体に触れた…。

これまで2度ほど殺人事件に巻き込まれて来たが、死体に触れたのは初めてだ。

しかも…まるで自分が殺したかのように絞殺体の首にかかっていた自分の手…。

死体も死体に触れた事も今の自分の状況も全てが恐ろしすぎて、ロヴィーノはパニックを起こしていた。
 


動機は…浮気現場を見て逆上というのはないが、他の理由ではないとは言えない。
アリスには随分酷い事を言われている。

ギルベルトもああは言っていたが、いつもよりもその表情は厳しかった。

いつもなら自分に何かあれば真っ先に飛んでくるアントーニョも来ない。

疑われていたらどうしよう…。

不安な気持ちがグルグル回る。
空気になりたい、消えたいと…本気で思う。

 自分で自分を抱える様にうずくまっていると、フランシスが声をかけてきた。



「大丈夫…。ロヴィーノは何もやってないから。巻き込んでごめんね」
心底申し訳なさそうに肩を落とすフランシス。

「もし…俺が捕まっちまったとしても…皆会いに来てくれっかな…。
トーニョとか、アーサーのために良くないとか言ってこねえかもしんねえよな…」

心細さでため息しか出ない。

「馬鹿な事言ってないの。何にもしてないんだから捕まるわけないでしょ」

「だって…俺の手が首にかかってたんだぞっ」
怒鳴るロヴィーノ。


「そのくらいで有罪認定するほど日本の警察も馬鹿じゃないから平気」

ロヴィーノにはそう言ったものの、状況すらまだよくわからないしフランシスも自信がない。


何が間違ってこんな事になったのか…。

一つだけわかるのは自分のポカのせいだと言う事だ。

自分の軽はずみな行動のせいで、ロヴィーノに殺人容疑をかけさせた。

もしこれでロヴィーノが殺人犯として捕まるような事になったら…自分がやったとか言って自主したら身代わりになれないかなぁ…と、フランシスがそんな事を考えていると、

「二人共心配しないでいいぞ」
と上から声が降ってきた。


アーサーっ!

明らかにホッとした様子で顔をあげるロヴィーノの頭を抱き寄せて、アーサーはよしよしと言った感じでその頭をなでる。

「もう大丈夫だ。いくつかの重要な証言と物証を獲得したからな。」
そのアーサーの言葉にフランシスも顔をあげた。


こんな時だというのに、アーサーに抱きしめられて少し嬉しそうなロヴィーノ。

しかしそこで割って入ってアーサーを引き剥がしたのは褐色の腕。


「ギルちゃんもうついてる?」
と、聖星の女学生を伴って姿を現したアントーニョはアーサーに声をかけた。

「いや、まだだ。でもじき来ると思う」

アーサーの言葉に、

「堪忍な~。もうちょいここで座って待っといてな」

と、アントーニョは自分の上着を脱いでそれをバサッと床に敷いて、そこに座るように同伴した演劇部の女生徒に勧める。

女生徒はその態度に少し赤くなって

「ありがとうございます」
と、そこに腰をかけた。



そんな女子高生とのやり取りを終えると、アントーニョは焼却炉に放り込んであったと言うスタンガンを警察に提出した。

根性でみつけてきたらしい。


そうこうしているうちにギルベルト到着。
トーリスはホッとした顔で出迎えた。


「被疑者は確保できそうですか?」
というトーリスにギルベルトは

「これ、指紋お願いします」
とビニールにいれた短剣を渡す。


トーリスがそれを鑑識に渡すのを確認して、ギルベルトは

「とりあえず…あと一人待ちで、たぶんそれで終わります」
とトーリスに声をかけた。

やがて指紋を採取した結果が出ると、ギルベルトはうなづく。

「これでチェックメイトだな…」
ギルベルトがつぶやいた時、白鳥姫乃が屋上へと上がって来た。



封鎖していた警官に声をかけて伴われて殺人現場まできた姫乃は、有栖の遺体を見て小さく悲鳴をあげ、

「これは…どういう事ですか?」
と、周りに問いかけた。


そこでトーリスがアーサーがスタンガンで気絶させられた事で傷害事件として警察が呼ばれた事、調査しようと屋上へ来た警察が気を失っているフランシスに折り重なって殺されている有栖を発見した事、その首に同じく気を失っているロヴィーノの手がかかっていた事などを説明する。


「ようは…そのボヌフォワさんに迫った義妹が、その恋人に絞め殺されたという事ですか?」

姫乃の言葉でロヴィーノの顔から血の気が引いた。

そこでトーリスを制してギルベルトが一歩前に出た。

「いえ、知能の足りない下劣な殺人者がそう見せかけようとしただけです」
冷ややかに言い放つギルベルトに、その場にいる全員が凍り付く。

誰よりも無実をはらされようとしているロヴィーノが一番、そのギルベルトらしくない言い方に驚いて硬直した。


ギルベルトと知り合ってから今までに2件の殺人事件を暴くギルベルトを見て来たが、そのいずれも加害者に対しても感情的にならず、むしろ時には加害者の心情にも理解を示しながらという感じで事件の真相について語っていた。

が、今回はすでに加害者への嫌悪と侮蔑を隠すどころか思い切り前面に出している気がする。

今回の犯人はどうやら触れてはいけない龍の逆鱗にふれてしまったらしい…。



そんなシン…と静まり返る中、ギルベルトは始める。

「最初に…今回の殺人について、動機は金です。
品性のかけらもない卑しい最低の人間が金欲しさに起こした、情状酌量の余地など何もない軽蔑すべき殺人です。

まず…今回の唾棄すべき殺人者は白鳥有栖がネットゲームでフランシスに好意を持ち、探偵にある程度のリアル情報を調べさせた事を知り、フランシスを利用しての有栖殺害を計画します。

有栖は有名な女流画家ですが、芸術家にありがちな、やや思い込みが激しく情緒不安定気味な所がある女性でした。

なので、とにかく有栖に彼女とフランシスが前世で恋人同士だったと吹き込み、フランシスを追いかける様にそそのかして、”常軌を逸した迷惑なレベルで”好意を示される事によって、フランシスが有栖に対して悪意を抱くようにしむけます。

その上でこの流星祭の間に有栖を殺害をするため、犯人は自分の聖星女学院の制服を有栖に貸し与える事によって有栖がこの学院の生徒であるように思わせ、その二日前から有栖をそそのかし、業をにやしたフランシスが彼女の学校関係から注意してもらうために流星祭にくるようにしむけました。

そして流星祭に訪れたフランシスが有栖が実はこの学校の生徒ではなく、この学校の白鳥姫乃の父の再婚相手の娘だと知って姫乃を尋ねて体育館に来たところで、有栖にフランシスの居場所を知らせて接触を持たせます。
そして有栖をそそのかしてフランシスを騙して屋上に連れて来させると、スタンガンでフランシスを気絶させ、この階段裏まで有栖と共に運び、おそらく既成事実をとでもそそのかして有栖が倒れているフランシスの方にのしかかったところに後ろからスタンガンで気絶させました。
これは…二人とも調べてもらえればわかりますが、その痕跡が残っています。

本来ならこれで有栖を殺害し、その罪をフランシスにと思っていたのでしょうが、そこで今日フランシスと共に有栖がフランシスの恋人と勘違いしているロヴィーノが聖星に来ているのを知ります。
そこでどうせなら嫉妬に狂った恋人が…という方が信憑性があるとでも思ったのでしょう。
フランシスの携帯を使ってロヴィーノに屋上にくるようにメールを送り、屋上に来たロヴィーノを同じく気絶させ、有栖のすぐ後ろまで運びました。

ここで少し話が戻りますが、犯人は最初殺害方法を有栖に殺されかかったフランシスが誤って逆に有栖をとでも考えていたのだと思いますが刺殺にしようと計画し、ここ数日”綺麗だから”という理由で流星祭で毎年演じるロミオとジュリエットに使用する模造品の短剣にそっくりの、本物の短剣を作らせ有栖に渡していました

元々美しい物が好きな有栖はなんの疑いもなく、単なるアクセサリー感覚で喜んでそれを持ち歩いていたのだと思います。
そうやって有栖が普通に短剣を持ち歩いているという状況を作っておいて、今回の犯行にその短剣を使用しようと計画をしていたのですが、ここでアクシデントが起こりました。

有栖が学院についたばかりの時にロヴィーノに絡んで思い切り突き飛ばした拍子に、有栖のバッグの口があいてしまい、そのままの状態で学院内を歩き回っていたために、凶器である短剣を人ごみで落としてしまったのです。
それを善意の第三者である聖星の生徒が拾い、その外見からロミオとジュリエットの小道具と思って演劇部の部室に戻します。
それをちょうど有栖をフランシスに引き合わせて屋上に急ぐ犯人はみかけ、すぐ取りに行こうとしました。

しかし丁度その時、お祭り気分が盛り上がったエリザを始めとする女子高生達にロミオとジュリエットの衣装を着てみて欲しいと頼まれたアントーニョ達が演劇部の部室に衣装を借りに入ったので、犯人は有栖が屋上についてしまう時間を気にしてジリジリとしながらもアントーニョ達が出て行くのを待たざるを得なくなりました。

一方アントーニョは小道具に短剣が2本あるのを発見して、一本を予備と勘違いして、本物の短剣の方を衣装と共に借りていき、部室には模造品の短剣の方が残されます

アントーニョが部屋を出ると、犯人は短剣が一本しかないのに気付きますが時間がなく焦っていたので、衣装を着てみるだけということでアントーニョ達は当然模造品の方を持っていったものと思って、残った短剣を持って屋上へとむかいました。

ということで、3人を気絶させたあと、犯人はロヴィーノの手に短剣を握らせ、その上から手を添えて有栖の頸動脈を切り裂こうとしましたが、演劇用の模造品なので当然切れません。
それどころかその衝撃で有栖が意識を取り戻したので、とりあえずまたスタンガンで眠らせます。

ここで犯人は焦ります。
短剣で刺殺する予定だったので他に殺害できる物をもってきていなかったからです。

あくまでカッとしてというシチュエーションだったので、下手な殺害方法も取れず、しかたなしに犯人は絞殺する事にして有栖を絞殺して、ロヴィーノの手を有栖の首に添えると言う馬鹿馬鹿しくも不自然な細工をする事にしました。

そこでようやくそこまで終わったところに、何故かアーサーが屋上に現れます。
犯人はそこでロヴィーノが、他の人間にも屋上でフランシスと合流するように声をかけたものと思い焦ります。
犯人は見つからない様に後ろからアーサーをまたスタンガンで気絶させ、しかし屋上入り口で襲われたように放置すると、屋上に”3人以外の誰かがいて”屋上から去ったのではと怪しまれると思い、マリア像の下まで運んで寝かせると言った工作をしてその場から逃走しました。

その後犯人は何食わぬ顔で自分が持ち出した模造品を稽古に使っていたといって持ち込んで舞台に立ったというわけです」


 Before <<<     >>> Next


0 件のコメント :

コメントを投稿