ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん【後編】_9

ああ…なんだかうるさい…

ロヴィーノは目を閉じたままそう思った。



体がだるい。
突き出した様にしている両手には冷たい感触。

人の肌のような…誰かの腕…にしては太い気が…。
近くで知らない複数の人間の声…。




その時…

うあああ~~~!!!

という聞き慣れた人物の悲鳴でロヴィーノはようやく目を開けた。

伸ばした手の先にあった腕と思ったのは首で…茶色のウェーブのかかった髪が手にかかってくすぐったい…などと半分寝ぼけた働かない頭で考えた。




(…あれ?)
まばたき二回。

目の前には…目を見開いたまま動かない女の子…アリス。
自分の手がかかっていたのは、まぎれもなく彼女の首で……


うああああ!!!!!!!

ロヴィーノは慌てて手を首から放すと思い切り悲鳴をあげた。





フランシスが目覚めたのはロヴィーノよりも少し前である。

遠くで誰かの声がする…と、重たい瞼を開けてみるとまず目に入ったのは少し離れた所で誰かを呼んでいるらしき知らない大人の男。

なんだか寒くて膝が重たいと、次に目を落とすと自分にのしかかる様にしているアリスと、その首に手をかけた状態でぐったりしているロヴィーノ。

悪夢のような光景に思わず悲鳴を上げた。

それでロヴィーノが虚ろに目を開ける。

そして数秒後…ロヴィーノも絶叫。

皮肉な事にそのロヴィーノのパニックぶりでフランシスは我に返った。



「動くなっ!」
と、男が3人。

警察手帳を見て青くなるフランシス。


どうやらアリスは死んでいて…寒いと思ったのは自分がシャツをはだけていたからで…そのアリスの首にはロヴィーノの手がかかっていたわけで……。

関連性を考えると目眩がした。

必死に記憶を探るがアリスにうながされて屋上についてからの記憶がない。



「ロヴィ…落ち着いて」
とりあえず声をかけると、ガタガタ震えながらフランシスを見上げるロヴィーノ。


「事情を聞かせて頂けますか?」
さらに表から回ってきたその人影を見て、フランシスはホッとした。

偶然にも…前回巻き込まれた殺人事件で事件を担当していたトーリスだ。

まあ…本当は偶然ではないのだが、当然ながら事情を知らないフランシスにそんな事がわかるわけもない。


「トーリスさん…俺…覚えていらっしゃいますか?
前回のカークランド邸の事件でギルベルトと一緒にいたフランシスなんですが…」

フランシスの言葉にトーリスはフランシスとロヴィーノを困った様に交互に見比べた。


「ああ、あなた方でしたか、しかし状況的にお二人は今非常に困った立場におかれているんですが…」

「ギルベルト…多分校内にいると思うので…呼んでいいです?」

もうプライドとかそういう場合じゃない。

思い切り殺人の容疑者だ。
他に打開案などあろうはずもない。

フランシスが言うと、トーリスは苦笑した。

「実は別件でギルベルトさんに呼ばれてここにいるので…連絡します」



とりあえずギルベルトが来るまではとロヴィーノも説得してそのままの状態で。
フランシスは動けないため言葉でロヴィーノを慰める。

「大丈夫、ギルちゃんがなんとかしてくれるから」

自分でも思い切り情けない台詞だが、ロヴィーノまで巻き込んでこの状態で体すら動かせない今の自分が他に何を言っても説得力がない気がした。



「俺…屋上ついてからの記憶ないんだ。ホントだぞっ。何にもしてないっ」

ひたすら震えながら言うロヴィーノに

「うん、わかってる。お兄さんもだから。
大丈夫、ギルちゃんが証明してくれるから」

とフランシスはなるべく自分の動揺を表に出さない様に、極力冷静を装って繰り返す。
そんなやりとりを繰り返しているうちにギルベルトが来た。

そしてすぐ階段裏に回ると、いつになく厳しい表情で無言で状況を見回す。

いつもならある一言がギルベルトからない事にロヴィーノが不安げな表情でフランシスを見た。



「ほぼこの構図で、変わってるのはロヴィの手が電波の首にかかってた事くらいだな?」
前置きもなしにギルベルトが確認をいれてくる。

一瞬誰に言っているのかわからず無言で硬直していると、

フラン!そうだなっ?!

と厳しい口調で名指しされてフランシスは慌ててうなづいた。



「で、フラン、ロヴィ、それぞれ何故ここにいるか説明しろっ」

さらにピシっとした言い方をされて思わず硬直するロヴィーノ。

フランシスはそれをかばうように、まず自分の状況を説明する。



といってもギルベルトも知っての通り、体育館でアリスにあって、アリスが指定する場所で一度だけ好きだと言えば今回は諦めると言われて屋上へ連れて来られた事、屋上へ来てからの記憶がない事程度しか言えない訳だが…。


フランシスが話し終わると今度はロヴィーノがフランシスにメールで屋上にくるように言われて来て、フランシスと同じく屋上についてからの記憶がない事をギルベルトに伝える。


それを聞き終わると考え込む事5分。
ギルベルトは相変わらず厳しい表情で淡々と言い放つ。

「フランと電波の浮気現場を見たロヴィが逆上して電波を絞め殺したと」

ロヴィーノは怒りと驚きで顔面蒼白で気を失いかけ、フランシスは言葉もなく口をパクパクするが、まだ途中だったらしい。

その後ギルベルトはそんな二人には全く構う事なく続けた。


「ありえん馬鹿なシチュエーションを考えついたもんだな。
稚拙すぎて開いた口が塞がねえよ。
そもそも電波が勝手に勘違いしただけで、フランとロヴィは単なる先輩後輩以上でも以下でもねえしな」

言いながらギルベルトは手袋をはめなおす。
その言葉にロヴィーノがほ~っと安堵の息をついた。


「フランもロヴィももう動いていいぞ。その辺座っとけ」

その声にはじかれたようにフランシスとロヴィーノが端に寄ると、ギルベルトはアリスの首の辺りを丹念に調べた。
ついでアリスの手、それからブラウスの上の方のボタンを外して背中を確認する。


「ロヴィ、フランの背中のどこかに紅い跡ないか探しとけ。
それが終わったらお前も確認してもらえ」

一通りアリスを調べるとギルベルトはそう言って手袋を外した。


「本当に行き当たりばったりの稚拙な犯行のようですね。馬鹿馬鹿しいほど…」

吐き捨てるように言うギルベルトにトーリスは

「そう…なんですか?」
と聞き返す。

「ええ。そもそも動機からして、被害者の白鳥有栖の勘違いした設定をそのまま使ったので、信憑性がかけらもありませんし。
まあ警察としては容疑者を放置もまずいでしょうし、二人としばらくここで待機お願いします。
俺はこれから物証を確保してきます

そう言うとギルベルトは調べて欲しい点をいくつか指示した後、また校舎内に戻って行った。



校内ではもうエリザやアントーニョ、アーサーが聴きこみを始めている。
といっても…女生徒達に捕まっている時間の方が多いと言う話もあるが…。

とりあえず下に降りてエリザと合流すると、ギルベルトは体育館に向かった。


「で?何故体育館なの?」
と聞くエリザに、ギルベルトはちょっと考えこんで、それから手を合わせた。

「ん、今回の犯人は浅はかな人間だとわかったからな。
多分…危機感なしに物証を残してる気がするから。エリザ、一つ頼んでいいか?」



「あ~、エリザ先輩、どうなさったんですか?」
エリザが舞台裏に入ると下級生の一人が気付いて寄ってくる。

そろそろ舞台はクライマックスだ。ジュリエットが仮死状態になる薬を飲んでいるシーンで、ロミオも舞台の袖にスタンバってる。

「えっと…これ。返し忘れてたから。ラスト困るかなと思ったんだけど…」

アントーニョがロミジュリの衣装を借りた時に一緒に持ち出した短剣を見せると、下級生は首をかしげた。

「あらら?短剣、ちゃんとありますよ?」
と、刃がひっこむ演劇用の短剣を出してくる。


「えと…それはどこに?」
「ああ、白鳥先輩がダンス終わった後に稽古で使っていたらしいです」

「あら…じゃあ大丈夫…みたいね」
と言った後、

「それ…使う場面終わったらこっそり貸してもらっていい?記念撮影に…」
ニッコリと微笑む校内で憧れの先輩にもちろん下級生は了承する。


「これから最後のロミオが短剣で自殺する場面なので…もうちょっと待って頂ければ…
衣装もお使いになりますか?」

「ううん。そこまでの時間はないから短剣だけで」
エリザは言ってそのまま舞台裏で待つ。


舞台が終わり演技者が全員挨拶に舞台に上がると、下級生が短剣を持って来てくれた。

「えと…ちょっとお話もあるので舞台が終わったら白鳥さんに取りにきて頂ける様にお願いしていいかしら?私ちょっとこれから屋上にいるから」

「屋上って…例の事件と何か関係あるんですか?」
その言葉に下級生が少し心配そうに聞いてくる。

「ううん。単に私が個人的に屋上に用事があって。
白鳥さんにはちょっと義妹さんの事で伺いたい事があるだけなの。お願いね」

それにエリザはにこやかにそう答えると、舞台の下で待つギルベルトの所に戻って短剣を渡した。



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